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二〇〇三年。いまから一〇年前。<br />あなたはどんな気持ちをいだいて、日々をすごしていただろうか

二〇〇三年。いまから一〇年前。
あなたはどんな気持ちをいだいて、日々をすごしていただろうか

文:飯田 一史 (文芸評論家)

『半分の月がのぼる空1』『半分の月がのぼる空2』 (橋本紡 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 この文庫が出るころにはもう風化した出来事になってしまっているのかもしれないけれど、二〇一三年の春に、橋本さんはソーシャルメディア上に、ある発言を載せた。自分が書きたいタイプの作品が、なかなか売れないことに対するかなしみを綴ったのだ。読むひとがぎょっとするようなストレートさで書かれていたから、ネット上には感情的に反発するひとがあふれかえり、関係者はみな面食らい、心配した。

 二〇〇四年になんとかバイトとしてすべりこんで以来、僕も一〇年近く出版業界にいるから、自分が書いた原稿が評価されないくやしさも、編集者として担当した本が売れないときのやりきれなさも、少しはわかるつもりだ。がんばっても報われないこともある。弱音を吐くことだって、ある。ほとんどの人は、それでも毒を吐く場所を選び、吐き出すことばをセーブしてしまう。けれど橋本さんは「わざわざオープンな場所で、そこまで言わなくてもいいのに……」と、はたから見れば思うようなことでも、率直に言ってしまう。『半月』の作者だけあって、自分の気持ちに絶対にウソがつけないひとなのだ。そしてナマな感情には、トゲがある。

 失礼を承知で言わせてもらえば、橋本さんは、器用な生き方ができるひとではないのだと思う。だから、僕は橋本さんの作品が好きだ。僕だけではない。だから、『半月』はマンガ化され、ドラマCD化され、アニメ化され、実写映画化された人気作品になった。

『半月』には僕らの胸を突き刺すトゲがあり、橋本さんにはあふれる想いがある。「売れない」と嘆くことができるのは、もっと売れたいと望む人間だけだ。いまよりもたくさんのひとに、魂を注ぎ込んでつくった自分の小説を届けたい。そういう志をもたない人間にとっては、本が売れようが売れまいが、どうでもいいことだ。夢をあきらめてしまえば、心を殺して生きられるなら、悩むことなどない。橋本さんは、自分が書いたものを多くのひとに読んでほしいと切実に願うから、理想が高いから、つらいと感じているのだと思う。断筆宣言ともとれることを橋本さんはそのtwitter / blogの発言のなかでしていたけれど、裕一や里香が「どうせ病気だから……」と言って世界を閉じてはしまわないように、おそらくは橋本さんの創作活動がやむことはないだろう。

 もちろんそうは言っても、現実のきびしさはある。『半月』のなかにもある。舞台が病院なのだから、死ぬひともいる。少し前まで元気だった人間であっても、死はふいに訪れる。病人が主人公だから、いくら気がはやろうと、動けないこともある。里香が死んだ父親と見た風景をもういちど黒い瞳で捉えたくても、彼女をむしばむ病がそれを許さない。二〇〇三年の僕も、死んだじいさんの分までがんばって生きようと思ったけれど、就活の結果はさっぱりついてきてくれなかった。のちにライトノベルの編集者になったときも、担当した作家の作品が売れなかったときは、申し訳なくて、罪悪感でいっぱいだった。

 それでも裕一と里香は、閉塞感をバイクに乗って振り切ってみせる。がむしゃらに。むちゃくちゃに。

 他人の死を目のあたりにし、自分の死の可能性と向き合えば、ひとはほんとうに大事なことに気づく。そうして、いままでは何かをいいわけにしてセーブしていた感情を、行動を、解き放つ。裕一は自分の身体が壊れることもおそれずに、まわりの大人が親切心で前に立ちはだかろうとも、やりたいことをやる。里香との時間をたいせつにすることを選ぶ。ひとには、そうせざるをえないときがある。「こういうのは、きっと売れないよ」と、アドバイスをしてくれる人がたくさんいるなか、それでも『半月』を出したときの橋本さんがそうだったろうし、あるいは、ライトノベルではなく一般文芸でなければ書けない作品を世に問いたかったときの橋本さんも、そうだったのかもしれない。

半分の月がのぼる空1

橋本 紡・著

定価:683円(税込) 発売日:2013年07月10日

詳しい内容はこちら

半分の月がのぼる空2

橋本 紡・著

定価:641円(税込) 発売日:2013年07月10日

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