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二〇〇三年。いまから一〇年前。<br />あなたはどんな気持ちをいだいて、日々をすごしていただろうか

二〇〇三年。いまから一〇年前。
あなたはどんな気持ちをいだいて、日々をすごしていただろうか

文:飯田 一史 (文芸評論家)

『半分の月がのぼる空1』『半分の月がのぼる空2』 (橋本紡 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 僕が勤めていた出版社をやめて独立したのは二〇一一年。東日本大震災の少しあとだ。あのとき、一万数千のひとが亡くなった。僕は東北出身である。弟は沿岸部にある街に住んでいて、少し間違えば危なかった。人生は有限だ。そう強く思った。だから僕も裕一のように、ふっきれた。そのころしていたライトノベルの編集者の仕事は楽しかったけれど、能力の限界を感じてもいた。僕はこうして文章を書く仕事のほうが向いているし、好きだ。ライター仕事を増やしたい。メインにしたい。自分のきもちだから、それくらいわかっていた。だけど出版社にいたほうが、毎月の生活は安定する。だいたい、苦労してなんとか潜り込んだんじゃなかったのか? ウマが合わない上司だって、何年かすれば異動するから辛抱していればいい──そうやってむりやり言い聞かせて、やりたいことを先送りするのを、やめた。人生は有限だ。そしてしかし、残された者の人生の時間は、それなりに長く、つづいていく。残された人間は残されたなりの、人生との向き合い方を選ぶ。裕一をはじめとした『半月』の登場人物たちはみな、そうする。死者に対して誠実に、自分に対して正直に。たいせつなひととのつながりが、思い出があれば、生きていける。

 僕がここまで延々と自分語りをしてきたのは、それこそが『半月』の解説にふさわしいと思ったからである。この作品を読んでいると、記憶が刺激され、どんどん自分の過去を思い出していく。自分に引きつけて考え、感じ入らずにはいられない。裕一や里香たちのことを、わがことのように感情移入して読んでしまう。『半月』はそういう力をもった作品だ。あなたもこの小説を読んで思いだした“あのころ”のことを、きっと誰かに話したくなる。そう思ったらぜひ、親友や恋人に、話してほしい。病室での里香と裕一のように、照れ隠しで、言いたかったことが言えなくなってしまってもいい。沈黙がよぎってもいい。それがどれだけいとおしい時間であったのかは、あとになってわかる。

『半月』の文春文庫版は、この1巻のあとに、4巻まで刊行が予定されている(ゲラを読んでいる途中、僕は3巻めで不覚にも涙した)。版としては電撃文庫版ではなく二〇一〇年に出たハードカバーをベースにしている。電撃文庫からハードカバーになるにあたって、裕一たちの話すことばが標準語から伊勢弁に変わっていることをはじめ、細かく手入れがされているから、電撃文庫版しか知らないひとは、印象の違いを新鮮に思うはずだ。

 今回はオリジナルの電撃文庫版でもイラストを担当されていた山本ケイジさんが表紙の絵を描かれ(すばらしい!)、4巻には橋本さんの書き下ろしのあとがきが収録される。二〇〇三年の刊行スタートから一〇年目の、橋本さんと山本さんの再会(?)に、さまざまな想いが、感慨がよぎるひとも多いだろう。僕らはいったい、どんな一〇年を、送ってきたのかな。夜空を見上げながら、そんなことも思う。

 誤解をされるといけないのだけど、ただ過去をふりかえるためにではなく、まえを向くために、この小説はある。とくに何かに迷っているひとは、この作品を何度でも読んでほしい。生きていれば、そういうときだってある。迷うことも、おそれることも、あたりまえのことだ。裕一と里香をみればわかる。そして彼らがしているように、僕たちだって、きっと一歩、踏み出せる。

半分の月がのぼる空1

橋本 紡・著

定価:683円(税込) 発売日:2013年07月10日

詳しい内容はこちら

半分の月がのぼる空2

橋本 紡・著

定価:641円(税込) 発売日:2013年07月10日

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