書評

「デブで何が悪いの?」ってどうなの?

文: 佐藤 和歌子 (ライター)

『アメリカン・スーパー・ダイエット――「成人の3分の2が太りすぎ!」という超大国の現実』  (柳田由紀子 著)

「肥満=自己管理能力がない」として「デブ差別」の厳しい国だということも少しは聞き及んでいた。当然それに対する反発や批判もあって、五月六日の「国際ノー・ダイエット・デー」には自称デブが各地に集結、ダイエット本を焼いたり重量系映画の上映会を開いたり。NAAFA(全米デブ容認改善協会)の会員は一万一千人を超え、「レズビアン・デブの会」「退役軍人デブの会」「デブな子を持つ親の会」などの分会も発生。ブルックリン市が市内各所に体重計を設置すると、肥満者解放運動のリーダーが「イエーイ計」なる体重計を考案。乗ると数値ではなく「sexy」とか「perfect」といった言葉が表示されるらしい。ちょっともう、ワケわかんないんですけど。

 そもそもアメリカは量の国だ。国土も広いし、人種もさまざま、民主主義もインターネットも、アメリカの得意分野はとにかく量がものを言う世界。肥満とは、この国を語るのになんとあつらえ向きの題材であることか。むしろこれがこの国の本質であったか。五分間で二倍というシンプルな法則や栗まんじゅうという無害な食べ物が「バイバイン」の恐さを引き立たせたように、「たくさん食べて少ししか動かなかったら太る」という事実の単純さが、この不条理に拍車をかける。デブで何が悪いの? と言われたら、どうぞご自由にと言うしかないけれど、一人の肥満社員のために職場の棚の間隔を八センチ広げた結果、棚が一つ置けなくなった……、やっぱりそれはどうなの。

 肥満者用のアダルトグッズショップの棚を見て「こりゃ過保護だ」と思い、減量を目的とした自助グループの集会では「神」の存在感に抵抗を感じたりしながらも、肥満問題については「“冷たすぎず、行きすぎず”の難儀な匙加減が求められる」と、著者はあくまでも中立を保つ。約半トンもの肥満患者の病室で身動きが取れなくなり、膨大な肥満医療費の統計を見せつけられ、それでも中立を保つということは、おそらく想像以上に難しい。とにかく量、量、量の世界を、筆という慎ましい武器で切り取ったことに敬意を表する。

アメリカン・スーパー・ダイエット
柳田 由紀子・著

定価:1000円(税込) 発売日:2010年07月15日

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