――歌野さんは『葉桜の季節に君を想うということ』、『密室殺人ゲーム2.0』で本格ミステリ大賞を二度受賞しました。事件の謎が合理的に解かれる本格ミステリというジャンルにどんな思いがありますか。
歌野 もともと本格ミステリの作家として出発したので常に意識しています。でも、ある頃から自分はそれを書くのには向いていないと感じ始めて、本格ミステリからの撤退を考えていたちょうどその時期に『葉桜』が本格として評価された。もし、そうならなかったら、『葉桜』の三年後くらいに今回の新作のような本格っぽくない作品を書いて撤退作業を続けていたはずです。ところが、本格として評価されてしまったので、もう一回本格に戻って仕事をしなければと思い、『密室殺人ゲーム』シリーズなどを書いたわけです。
『葉桜』での撤退をやめた後に東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』が出ました。この作品をめぐっては本格ミステリ界に論争がありましたが、僕が気になったのは論争のことではなく、なぜこれが本格として評価されたのかということ。本格が好きな人は、本格は特別なジャンルだからわかる人だけわかればいいという人と、もっとみんなに本格のすばらしさを知ってほしいと思う人、この二つに分かれるのではないか。後者の人にとってみると『容疑者X』は、たぶん理想的な本格だったんです。なぜかというと、トリック、文章、物語などがすごくバランスよくできているから。その反面、意外とあの作品はこぢんまりしている。それは、バランスがいいからなんです。
だから、本格に関して自分が何かを目指そうとした時に、どこか崩れているというか、宿はぼろいけど料理だけはめちゃくちゃうまいとかいう風にならざるを得ないと考えました。ネット上で推理ゲームを出題しあうために事件を起こす『密室殺人ゲーム』シリーズのような、極端に変な作品を書いたのは、それが一つの理由です。でも、そういう方向を追求すると、物語や文章の追求など書けない部分が出てくる。そちらを全然やらないと自分の力は衰えてくるから、そちらはそちらで別にやらなければいけない。だから、『春から夏、やがて冬』のような作品も書かなければいけないと思ったんです。『密室殺人ゲーム』シリーズがあり、今回のような作品もあり、また別のタイプもある。一つの作品ではなく、複数の作品トータルで歌野を見てもらえればという感じで今は仕事をしています。その意味では、本格ミステリではないけれど、本格ミステリというものがあるからこそ、今回の作品も生まれたということになります。
――新作を書き上げてみて手応えはどうですか。
歌野 いろいろな意味で今までにやったことのないこともやっているので、何とも言えません。読んだ人がどういう風に感じるのかが、楽しみというか怖いというか。今回はシンプルに物語を書くことを心がけてつくったので、そのあたりを読んでいただければと思います。
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