書評

『患者よ、がんと闘うな』から十年

文: 近藤 誠 (慶應義塾大学医学部放射線科講師)

『がん治療総決算』 (近藤誠 著)

 逸見さんのケースは、二つの意味で大きな出来事でした。

 ひとつは、有名人が自ら再発がんであることを告白したこと。一九八七年の昭和天皇の手術(膵がん)では、まだ病名は隠されていました。そうしたタブーをなくしたという点で、評価されるべきでしょう。

 もうひとつは、「がんは、なんでもかんでも手術して取り除けばいい」という幻想が打ち砕かれたことです。日本人の手術に対する意識を大きく変えたといえるでしょう。

「患者よ、がんと闘うな」は、日本のがん治療の現状をかなり批判的に書きました。大学病院やがんセンターの権威を実名で登場させたこともあり、読者としては面白くて、インパクトがあったのでしょう。

 それが単行本化されてベストセラーとなって、驚くと同時に、専門家から抗議めいた手紙がきたり、反対意見の本がでたり、学会で批判されるなど社会現象化したわけです。私ががん検診の学会で講演すると野次が飛ぶ、など異様な雰囲気がありました。

 しかし、「患者よ、がんと闘うな」は、がんと言われたときにどうすればよいかを体系的に書いたわけではありません。闘病して亡くなった人を家族・知人に持つ人が読んで賛同してくれたのでしょうが、実際がんに罹った患者には、若干読みにくかった可能性があります。

 その後の『ぼくがすすめるがん治療』(九九年、現在は文春文庫)では、それまでの論争をふまえて回答を出しておくと同時に、最良の治療法を選ぶにはどうしたらよいかを意識して書きました。ただ、反論への再反論にページを費やすと、どうしても特定のがんに対する対処法の記述が少なくならざるをえませんでした。

 それから、また五年たちましたが、この十年でがん治療は、大きく変わった点と変わらない点があります。手術で大きく変わった点は、かなりの部分が、ほかの治療法に置き換えられたことです。内視鏡的治療や、放射線、さらに焼灼・冷凍など、臓器を摘出しない非手術的な治療法が登場し、件数も伸びてきました。

 一方で、手術をする場合には、依然として、リンパ郭清をして広範囲に摘出する姿勢がそこかしこに残っています。

 乳がんの手術を考えると、乳房全摘の件数と、温存療法の件数は逆転したでしょう。それは温存療法を推進する外科医が増えているからです。ところが、子宮頸がんでは、放射線治療を行えば大部分は手術しなくていいのに、現実には広汎に切除されている状況は十年前と変わらない。

 おそらく医者の態度が違うからで、乳がんでは、温存療法の前にも多少とも手術はするから、外科医の仕事はなくなるわけではない。しかし、子宮頸がんの場合には、放射線治療を行えば、婦人科医の出番は一切なくなる。そうすると、婦人科医は仕事が激減するので、手術をやめようと旗を振る婦人科医は出てこないと考えられます。

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がん治療総決算
近藤誠・著

定価:本体524円+税 発売日:2007年09月04日

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