世界初! 革命的抗がんウイルス薬
「がん細胞をウイルス攻撃 治療薬承認へ」
二〇二一年五月二十五日、朝日新聞の一面で、私たち東京大学医科学研究所の研究グループが開発したがん治療用ウイルス薬「G47Δ」が大きく報じられました。
「ウイルスを使ってがん細胞を破壊する治療薬が、承認される見通しになった。─中略─臨床試験(治験)では標準治療と比べて一年後の生存率が六倍になるなどの延命効果が示された。がんに対するウイルス治療薬が承認されるのは国内で初めて」
普通、医薬品は厚生労働省の承認が正式に決まって初めてニュースになるのですが、G47Δの場合、厚生労働省の専門部会が製造販売の承認を了承した五月二十四日の段階から大きな反響がありました。
新聞各紙をはじめ、あちこちで大きく報道されたため、問い合わせの電話が東大医科学研究所に殺到し、附属病院の電話はパンクしてしまいました。おそらく厚生労働省にも、「承認はいつになるのか」と多くの問い合わせがあったと思われます。
G47Δは、悪性神経膠腫(脳腫瘍)に対する治療薬で、一般名はテセルパツレブ、製品名は「デリタクト注」(「注」は注射薬のこと)といいます。
反響の大きさも影響したのか、厚生労働省の動きは早く、G47Δは六月十一日に正式に承認されました。通常は部会の了承から厚生労働省の承認まで一ヵ月程度かかるところ、わずか十八日後に承認されたのですから、異例の早さだったといえます。
脳腫瘍を対象としたウイルス療法薬が承認されたのは、世界初。さらに、ウイルス療法製品が承認されたのは日本初です。また、開発から製造までのすべての工程を日本で行なっている日本初の国産ウイルス療法薬でもあります。
そして製薬会社ではなく、アカデミア(大学・研究機関)が単独で発明し、臨床試験(医師主導治験)を経て製造販売承認に至った医薬品も、国内では初めてのことでした。
後に詳しく述べますが、悪性神経膠腫はきわめて治療の難しいがんで、現在の医療では、ほぼ一〇〇%治らないがんです。
悪性神経膠腫のなかでも、代表的な疾患である膠芽腫は、最も悪性度が高い脳腫瘍です。標準治療は、摘出手術に加え放射線治療と薬物治療がありますが、再発は必至で、再発後の平均余命は三ヵ月~九ヵ月程度。一年後の生存率は一四%ほどしかありません。
しかし、臨床試験で、この膠芽腫の患者さんにG47Δを投与したところ、最終的な一年後の生存率が八四・二%と、標準治療の結果に比べ六倍以上の延命効果が認められました。つまり、治療を受けた患者さんの大半が、一年以上生きることができたのです。先行した臨床試験の被験者のうち一人は、治療後の再発もなく、なんと十一年以上生きています。
ただ、悪性神経膠腫は国内に約三千七百人と、罹患者数の少ない病気です。それでも、私たちのウイルス療法薬が承認前から多くの人の関心を集めたのは、G47Δが脳腫瘍だけでなく、すべての固形がんに同じメカニズムで作用し、効果があることがわかってきたからです。今後は脳腫瘍以外のがんにもこのウイルス療法薬の適応が拡がることが期待されています。
今回の承認は、「ウイルスでがんを治す」という新しい時代の幕開けでもあるのです。
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