書評

藤沢周ならではの
「武道系部活小説」に喝采!

文: 陣野 俊史 (文藝評論家)

『武曲』 (藤沢周 著)

 融が登場するあたりのエピソードが巧い。融はノートにいろんな日本語を書き記している。もちろんラップの歌詞(リリック)を書くために、その素材を集めている、という設定。短歌も俳句も融にとっては、韻律があってカッコいいという基準で判断される。つまり、ライミングこそ命、という今風(?)の若者だ。

 その融が同じ高校の3年生の剣道部員たちと駅で小さな喧嘩を起こし、大事にしていたiPod を持っていかれる。同級生で友達の白川に懇願され、剣道部の先輩たちと話をしに行った融は、部員たちに組み敷かれ、防具を強制的に付けさせられる。剣道の経験など、むろんない。構えにしても、「自分としてはDVDで見た『燃えよドラゴン』の李小龍、ブルース・リーのスタンスのつもり」なのだから、本当に素人なのである(剣道にブルース・リーの組み合わせは、笑った……)。そして読者の大方の予想どおり、融には剣道を超えた、どこか人を殺す気配さえ漂う「古武道」の才能が隠されていた。ぶつかり合いながら、それでも剣道の道へ足を踏み入れていく融。融の中に、自分が傷つけてしまった父親の激しさをみる矢田部。それはそのまま父と子の相克という、基本的な小説の構造を丁寧になぞることでもある。

 多彩な登場人物も魅力のひとつ。矢田部と融の対決を見守る光邑禅師(この人は矢田部の先生であり、剣の達人でもある住職)。個性豊かな剣道部員たち、気になる女子高生……。

 ただし、軽快な剣道部部活小説、というだけならば、藤沢周が書くには及ばないはずだ。思い起こしてほしいのだが、藤沢周という作家は、ある種の極限状況に至った人間を、その人間の焦燥感を描くのが誰よりも巧いのだ。融と矢田部の、気合の迸る試合は、藤沢得意の極限状況と言えると思う。そのうえで、高校生たちの「~じゃね?」を多用した会話体や、武道としての剣道の用語、禅師の発する仏教用語などがふんだんに取り入れられている。いわば硬軟とり混ぜた言語世界だが、くっきりと彼の文学世界は構築されている。

 個人的には、主人公の羽田融が日本語ラップ好き、というところがいたく気に入った。ラッパー志望の若い奴らは、融みたいにノートを持ち歩いている。気に入った日本語を集め、オリジナルのパンチラインを作りたいと思っている。まあ、それでも大原テルカズの俳句まで射程に入れているラッパーはいないと思うけれども……。

 だからいっぱしの剣士になった融が作るリリックが読んでみたい。続編、あってもいいんじゃね? 藤沢さん。

武曲(むこく)
藤沢 周・著

定価:2100円(税込) 発売日:2012年05月23日

詳しい内容はこちら