ただ、そんな私の葛藤などお構いなしに、オシムは語ることを止めない。ずっと同じ姿勢をとり続けるために、背中が痛くなることもしばしばだったが、それでも彼は語り続けた。
内容は多岐にわたった。彼のサッカー哲学のこともあれば、金が蔓延する今日の現状への警鐘のこともあった。日本の選手たちへのメッセージは、特に頻繁に繰り返し語られた。
思考の中身は複雑だが、語り口はシンプル。母国語ではなくフランス語での会話ということもあり、ひとつひとつの言葉も、シンプルなものがほとんどである。
はじめのころは、どうしてこんな当たり前のことばかりを彼は言い続けるのだろうと、もどかしく思ったこともあった。文章に書きとめて、全体を読み直してようやく真意がわかった。同時に彼の意図も理解できた。
オシムは彼自身のすべて、彼の考えのすべてを語りつくそうとしている。彼の言葉を私に託し、私が日本の人々にそれを伝えることを望んでいると。
それがわかったときに、やがて私が書くであろう彼についての単行本は、Number誌で進行中の連載とはまったく別のもの、違う形のものになるだろうと、私自身も予感した。
実際、できあがったのは、希有のオシム本であると思う。オシムそのものといってもいい。プロローグとエピローグを別にすれば、すべてがオシムのひとり語り。最初から最後まで、どこを切ってもオシムが溢れている。
イビチャ・オシムという人物の、大きさと深さ。彼のスケールの大きさと奥行きは、ある程度は描けたとは思う。
それができたのは、オシムが私にすべてを語ろうとしたから。それでもなおすべてを伝えきれていないのは、私の能力の問題であり、私がオシムのすべてを理解できてはいないから。読者のみなさんには申し訳ないが、そこは我慢していただく以外にない。
繰り返すがオシムは、いつの日か再びまたピッチに立ちたいという思いを胸に、今もリハビリに励んでいる。それが三年先になるのか五年先になるのか。年齢的には難しいかもしれない。しかしその情熱を持ち続ける限り、オシムはオシムであり続ける。本書からもそうした彼の思いを、感じ取ってもらえると思う。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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