※書籍刊行時の記事(2013/3/8公開)です。
ここ数年、文芸誌や小説誌で、東アジアを舞台にした短編を執筆してきた吉田さんだが、その営みが、日本と台湾を舞台にした長編小説として結実した。
台湾高速鉄路(台湾新幹線)開通までの8年を中心に描く。日本の商社に勤め高鉄プロジェクトメンバーの1人として台北に赴任する多田春香は、学生時代の台湾旅行で偶然出会い、たった1日だけ観光案内をしてもらった劉人豪(英語名エリック)が忘れられない。日本統治時代の台湾生まれで戦後日本に引き揚げ、建設会社の技術社員だった葉山勝一郎は、青春時代をともに過ごした親友の台湾人に言ってしまった一言が、ずっと胸に突き刺さっている。フリーターの陳威志は留学から帰ってきた幼馴染の女性と再会して恋に落ち、高鉄の整備士になる。この4人の人生の物語が、やがて交錯し、感動のラストへと繋がっていく。
「90年代後半に台湾を初めて訪れたのですが、空港の建物から一歩外に出た瞬間、好きだなぁと思ったんです(笑)。湿気や空気、人の動きがすごく肌に合って、まるで故郷の長崎に帰ったみたいな気分になりました。そこから、かれこれ30回は行っています」
小説では、台湾の気候や美しい景色、夜市で売っている美味しそうな食べ物、また台湾人の習慣や考え方が数多く活写され、吉田版「台湾ガイドブック」の側面も併せ持つ。
「これまでの小説と違って、今回は食べ物1つ、登場人物の性格1つとっても、僕の好きなものだけを書きました。僕は経験主義者ではないですが、例えば、外国に1人でも友達がいれば、その国の見方がガラッと変わりますよね。同じように、この小説の登場人物に会いに行きたい、そうでなくても、台湾の美味しいものを食べに行きたい、台湾の温泉に入りに行ってみたい、と思ってもらえたら嬉しいです」
登場人物もこれまでの吉田作品とは一線を画し、ストレートな会話表現が目立つ。
「台湾人がたくさん出てくるからか、まるで外国映画の字幕を書いているような気分でした。それだけに、中国語に翻訳されたときに、台湾の人たちにどう読まれるかはすごく心配だし、興味があります。勝一郎も80歳になろうかという老人で、正直その気持ちは想像でしか書けない。その分、腹を括って書きました」
これまでの日台関係の小説・映画作品は、統治時代の陰を引きずってきた。しかし『路』は、統治時代に目配りしながらも、そこから3~4世代目までをも描ききっている。新しい時代の日台関係を描いた傑作の誕生だ。