――ひきこもり探偵・鳥井とワトソン役・坂木司が主人公の『青空の卵』で、覆面作家としてデビューされてから、今回の『ワーキング・ホリデー』が六作目となります。まずはデビューまでの経緯を教えていただけますか。
実は最初から小説家を目指していたわけではないんです。高校生のときは漫画を描きたくて、同人誌などもやっていましたが、まわりに上手い人が何人もいるのを見て早々にあきらめました。大学を卒業してから、ゼミで一番仲のよかった友人が、自分の読みたいジャンルの小説がないと言うのを聞いて、じゃあ書いてみようかと。ためしに便箋に書いて渡したところ、友人がとても喜んでくれて、それをタイピングして持ってきてくれたんです。そんなに喜んでもらえるのならもっと書こう! という気になって、書き始めました。そのうち友人の目も厳しくなって、ここは違うんじゃないかという添削が入るようになりました。編集者体質の人だったんですね。
――そこから、小説を書き始められたと。
はい。文字なら絵よりはいけるかな、と(笑)。そしてその一年後に、本好きがきっかけとなって東京創元社の戸川さん(現・特別顧問)と知り合い、お付き合いをするうちに「あなたは書かないのですか」と言われたんです。それでミステリのパスティーシュのようなものをお見せしました。
――書かないのかと声をかけられて驚きませんでしたか。
それはもう。もともと北村薫さんや有栖川有栖さんが好きで、そのあとがきに名前が出てくる戸川さんとお付き合いができるだけでも非常なる喜びだったのに、書かないのかと言われて……不安プラス勝手な絶望を覚えました。
――喜びではなく絶望ですか?
はい。なぜかというと、戸川さんにお渡しした作品は自分が「好き」というだけで突っ走って書いたような、無作為なものだったからです。もしそれが賞などを狙った計画的な作品だったら、否定されても次の策を練ることができる。けれど自分の中から自然に出てきたものを認めてもらえなかったら、これはもう何も書く気にならないだろうなと。はなはだ勝手な恐怖の予感です。幸い、お送りしたところ「すぐに会えませんか!」というご連絡を頂きました。もともと戸川さんは気の早い方なので「すぐに」というのは毎度のことなんですが(笑)。お会いしてから、オリジナルの短編を一本書いて持ってきてくださいと言われて出来たのが『青空の卵』の一篇目ですね。
――最近は長編の小説でデビューする方が多くて、短編が苦手という声も多く聞かれます。坂木さんはご友人とのやり取りで短編の書き方を鍛えたわけですね。
そうですね。今となっては短編連作ではない、長編の書き方のほうがわからない(笑)。しかし短編でも、ショートショートは難しいと実感しています。
――光文社で連載されているものですね。今までの六作とうってかわって、ブラックなトーンが面白いです。
黒坂木です(笑)。短いと登場人物に名前をつけて造形を描くだけで枚数を使ってしまうので、名前がつけられない。私の場合、登場人物に名前を与えると、物語の中で悲しい状態のまま放り出すことができなくなるんですが、無名の誰かだったら罪悪感も少ないので、必然的にブラックな話になるんです。