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自分に一番近い主人公

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「本の話」編集部

『ワーキング・ホリデー』 (坂木司 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

――「ワーキング・ホリデー」は本来、海外留学先で仕事をしながら学ぶという意味で使われますが、大和にとっては、仕事も変わり、進との暮らしは想像すらしていなかった異国暮らしのようなものであると思いました。

 それは嬉しいですね。もともとは単純に大和の「働く」と進の「夏休み」を足して、「ワーキング・ホリデー」なんです。人生という仕事の中のちょっとしたお休みという意味あいもありますね。

――あと、坂木作品に欠かせないのが作中の美味しそうなご飯。進が大和の食事を作ろうとして火を使い、ちょっとした怪我をする。お互いを思いやる気持ちのあまりすれ違いを生みますが……。棒々鶏(バンバンジー)をチンしたときに出た汁でもやしを和(あ)え、流水麺にそれらを載せて冷やし中華を作り、営業所に差し入れする。こんな息子が欲しいと思うエピソードでした。

 今回は小学生男子が作るので、あまり手の込んだものはできません。火を使わないでも簡単にできるものを考えたら電子レンジがいいかなと。

――なめたけ炊き込みごはんに、ツナ缶カレーチャーハンゆで卵載せ、タレの絡んだ生姜焼き……。

 『OH!MYコンブ』という、小学生が駄菓子を使ってとんでもない料理を作る、美味しいか不味いか微妙なラインの創作料理漫画があるんですが、最初は進もその方向にしようと思っていました。でも大和の性格のほうがそちらに近かったので、結果的に進はまじめに美味しい料理を作ることになったんです。

――大和は最終話で料理の腕を初披露していますが、途中から駄菓子を入れてます(笑)。親子関係の逆転している父子ですが、坂木さんは今までの作品でも、母子ではなく父子をとりあげることが多いですね。

 母子だとずっと理解できないまま人生を終えてしまうことはないような気がするんです。乳児期などは特に、母子は生活が密着していて接触が多いですよね。子供が成長すると、母親がよほど変わったキャラクターでない限り、向こうから話しかけてきます。父親だと子供が来ないならいいやと、お互いに距離を置いている印象がある。大きくなったらキャッチボールするだの、大人になったら一緒に飲むだの、父親のほうが将来的な部分を待っている。そこにロマンを感じるんですね。理解しあうのに距離のある父子のほうがドラマチックで、その関係性が逆転していれば、よりそうではないかと思うんです。

――父子を前面に出すことで苦労された点はありますか。

 作中には出てこない、進の母親である由希子の立ち位置に悩みました。亡くなったことにしてしまうのが一番楽だったのですが、この物語は進が帰る場所があるから成り立つものなんです。進がこのあとずっと大和と暮らさなければならないと、会ったこともない父の元に来るのだとしたら、もっと深刻な話になりますよね。帰れると思っているからこそ彼も気軽に来たし、気楽に話もできた。しかし、母親の立場からすれば、息子が別れた恋人の元へ行くことをどう思っていたのか、しかも子供ができたことを知らせないまま別れた彼に対して今どう思っているのかとか、考えさせられました。本当は由希子も文句を言いたいし、わがままもいっぱい言いたいところがあったと思うんです。母は不在の小説ですが、実はその役割をおかまのジャスミンが担っているんですね。女性の細やかさと男性の力強さを持っている、すごくフラットな存在。ハチさん便のボスが大きな意味での父で、そのボスと仲がよいことや、大和と進が喧嘩したときに仲裁することなども、母親っぽいんです。

――ジャスミンは実にかっこいいですよね。

 そうですね。次回作では、大和の知らないところで、由希子とジャスミンがタッグを組むのもいいかもしれません。

ワーキング・ホリデー
坂木司・著

定価:本体620円+税 発売日:2010年01月08日

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