2014.08.29 書評

悔いを抱えて生きる元刑事

文: 伊兼 源太郎

『事故調』 (伊兼源太郎 著)

 志村市の人工海岸で、幼児が砂に埋まり意識不明の重体に陥った。避けられない事故? それとも市に管理責任があった? 元捜査一課の刑事で現在は市役所に再就職している黒木は、経験を買われて市長から特命を受ける。それは被害者対策と警察対策、そして事故調査委員会の結論を「市に責任なし」に導くというものだった――。

 SNSに起因する犯罪を描いた横溝正史ミステリ大賞受賞作『見えざる網』から一転、伊兼さん待望の第2作は、人に言えない過去を持ち、組織の論理の狭間で苦悩する元刑事を描いた、重厚な社会派ミステリとなった。

「デビュー作が現実から若干ジャンプするような物語でしたし、私は新聞記者出身なので、2作目は現実に立脚した、どっしりした話を書きたいなという気持ちがありました。

 神戸で記者をやっていたとき、明石の海岸で陥没事故が起きたんです。当時は大きく報道されたのですが、今では当事者以外、覚えている人も少ないと思います。大きな事件事故も、報道は1週間から2週間で終わります。その後も取材は続くのですが、後は節目で報じる程度です。でも、それを物語に作り替えられたら、もっと長い間、何らかの形で人の心に残るのではないか。物語にはそんな役割もあるのではないか。そういう思いをずっと持っていて、今回、2作目の題材に、人工海岸の事故を選びました」

 主人公を若い新聞記者にしなかったことには、理由があるという。

「この手の事故では、『何もしなかった』行政の不作為が原因といえるかどうか、そこに責任を問えるかどうかを調べることになるわけですが、純粋な正義感だけでそれを追いかける若者を主人公にするのは、何か違うような気がしたんです。主人公もまた過去に『何もしなかった』ことの後悔を抱えて生きていて、事件と向き合うことが自分自身の過去とも向き合うことになる――そういう物語にしたかった。そのためにはどういう主人公がふさわしいかと考えて、40歳手前の元刑事という主人公像を作っていきました」

「自分がどっちの味方かわきまえろ」

「職員の家族のことも考えてくれ」

 身内からも攻撃され、悩み、揺れ動きながら、やがて黒木が見出した驚くべき事件の「真相」とは――。

「記者として取材していたころの気持ちが、小説を書く原動力になっていると思います。会社勤めをしている人はもちろん、どんな形でも組織に属した経験のある人なら、『あるよね』と感じてもらえる人間模様を描きました。楽しんでもらえたら嬉しいですね」

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『事故調』 (伊兼源太郎 著) 角川書店

オール讀物 2014年8月号

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