まったく個人的な話になるが、公田耕一と名のるホームレスの歌人が朝日新聞の短歌欄「朝日歌壇」をにぎわしていた2008年の暮れからの約9カ月間は、私にとってもホームレスという境遇がいくらか身近に感じられた時期であった。
といっても別に本書の舞台である横浜の寿町や東京の山谷のドヤ街でボランティアや炊き出しを手伝ったわけではない。その頃の私は5年間記者として務めた新聞社を退職し、フリーランスの物書きとして歩みはじめたばかりだった。だが出版社の編集者に人脈や伝手(つて)があるわけでもなく明確な展望もなかったので、当然仕事もゼロ。あったのは未知の世界を探検してそれを自分の言葉で本にしたいという行動者、表現者としての抑えがたい欲求と、あとはもし3年で物書きとしてモノにならなかったらその時はホームレスにでもなるしかないという人生に対するある種の居直りだけだった。
当時の私はヒマラヤの雪男の捜索隊に同行し、それをどこかの雑誌に書かせてもらい、あわよくば書籍化にこぎつけようという、およそ浮世離れした甘い考えに憑かれていた。1年半にわたる取材執筆の果てにその雪男の長編作品を、とある公募の賞に応募したところ、しかし結果は落選。さすがにその時には、限りなく楽天的なつくりになっている私の頭にも将来の展望への暗い影がさしたものだった。
『ホームレス歌人のいた冬』を読んで思い浮かべていたのは、そんな自分にとっての当時の情景である。ほぼゼロに近い収入と、予想以上に早いペースで減っていく貯金残高、そして派遣切りに象徴される暗い世相を伝えるニュースが、あるいは自分もあと1、2年で炊き出しの配給を受ける境遇に身をやつすことになるのかもしれないというキリキリした思いを起こさせて、何度か背筋がうすら寒くなったことを覚えている。
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