──それにはなにかきっかけがあったのでしょうか。
山本 おそらく『利休にたずねよ』(直木賞受賞作)を書いたからだと思います。あの作品を書くことによって、道具一点を書き込む面白さがわかってきました。「ただの壺」でなく、来歴や所有者を含んだ「○○の壺」と書いたほうが、人物と絡ませたときに物語の中で断然生きてくる。それこそ「利休に教えられた」ことかもしれません(笑)。それとやはり、道具屋さんと実際におつきあいさせていただいていることも大きいと思いますね。道具に関しても、それを商(あきな)って生活してゆくことについても、教えられることは本当に多いです。
──それが本作のテーマの「道具屋さんの生き方と商売」につながるわけですね。
山本 はい。学生時代に初めて古道具市場でアルバイトをして以来、いろいろなタイプの道具屋さんと出会いましたが、みな独特の個性を持っていて、驚かされることが多かった。先日も二百万円で仕入れた李朝の壺を、四千万円で売ったという道具屋さんの話を聞きまして……。
──四千万!
山本 その話には前後があって、道具屋さんはその壺が以前、ある市場で二千万円で売られていたことを覚えていたんです。そもそも道具屋というものは、実際に道具を仕入れないにせよ、「どの市場で」「いつ」「いくらで出ていたか」を決して忘れないものなんです。
──確かにそれは必要な能力かもしれませんね。
山本 はい。その一方で、貴重な道具を安く売ったり買ったりしてしまう「目の利かない」市場や小売店も存在します。その道具屋さんは二千万円で売られていた壺のことをずっと忘れずにいて、ある店で二百五十万円で売られているのを見つけました。そしてその壺を二百万円で買って――。
──値切ったんですか(笑)。
山本 そうです(笑)。そしてその後、市場で競(せ)りにかけたところ、四千万円で売れた。壺を買った店には後日「何も言わず受け取って」と五百万円を渡してきたそうです。
──すごい話ですね。
山本 もちろんそんな話ばかりではなくて、名うての目利きであっても、贋物を使う小悪党に簡単に騙されてしまうのがこの世界。だから道具屋が商売において連戦連勝ということはあり得ない。損をしたことのない道具屋さんなんて、まずいないんじゃないでしょうか(笑)。
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