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占領軍を手玉にとり、CIAと渡りあった男

占領軍を手玉にとり、CIAと渡りあった男

文:有馬 哲夫 (早稲田大学教授)

『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』(有馬哲夫 著)


ジャンル : #ノンフィクション

 NHKのテレビ番組『その時歴史が動いた』によれば、白洲次郎は「マッカーサーを叱った男」だという。最近の『負けて、勝つ――戦後を創った男・吉田茂』では、吉田茂は「マッカーサーと対等に渡りあった男」だそうだ。

 筆者はこの10数年間、アメリカの公文書館や大統領図書館に通いつめて占領軍文書など第1次資料を読んできたが、そこから浮かびあがる彼らの姿は、NHKの番組が作り上げたものとは全く異なっている。

 白洲は興味深い人物ではあるが、基本的にメッセンジャーボーイだった。吉田は日本人に対してはワンマンぶりを発揮するが、政権を永らえさせるために、チャールズ・ウィロビー(マッカーサーですらない)にひたすら媚を売っていた。

 占領軍やアメリカに逆らったヒーローがどうしても欲しいというなら、なぜ児玉誉士夫を取り上げないのだろうか。NHK的にいうなら、彼は「占領軍を手玉にとった男」であり「CIAと渡りあった男」だった。

 拙著『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』で筆者がしたかったことは、そういった彼の姿を浮かびあがらせることだ。ただし、脚色や潤色を交えて歴史を歪めるのではなく、公開資料に基づき、検証を重ね、できるだけ主観を交えずにわかっていることのありのままを示そうと努めた。歴史的事実は、作り話よりも複雑だが、はるかに劇的で面白い。

 もう1つしたかったのは、児玉を日本の政治史の中に正当に位置づけることだ。アメリカ側に残る膨大な第1次資料は、それができるというより、そうすべきだということを示している。

 戦後の日本で、政治上の大きな出来事が起こると、CIAがそれについての報告書や記録を作成するのだが、そこに彼の名前が頻繁に登場してくる。

 児玉は、筆者いうところの「政治プロデューサー」だったからだ。つまり、政治家や政党に資金や便宜を与え、さまざまな人物や組織と結びつけることで、日本の政治を一定の方向に動かそうとする人間のことだ。フィクサーと違うのは、総合的で長期的視野を持っていることだ。

 児玉と同じカテゴリーに入る人間としては、総理大臣を辞めたあとの岸信介が挙げられる。組織としては、アメリカのCIAおよび国務省がそれにあたる。だから児玉や岸はCIAや国務省と関わることになったのだ。

 児玉は、岸などとともに「CIAのエージェントだった」とよくいわれる。彼らが「CIAの工作に協力して日本を売った」という意味なら、これは歴史的事実に反している。

 本当のところは、児玉とCIAは、目的が同じ場合は、相手を利用しあったということだ。だが、彼らは互いに自分たちの最終目的が相手とは違っていることを意識していた。

 児玉とCIAは、日本を共産主義に対する防波堤にする、再軍備させ、軍備を強化する、というところまでは共通点が多かった。だが、児玉の最終目的が日本を独立国とし、アジアの盟主として復活させることだったのに対し、アメリカの目的は、日本を自らに従属させ、対抗勢力にならないようにすることだった。

 戦後史上最大のスキャンダルであるロッキード事件の背景にあったものは、このような日本の戦後政治をめぐる日本側の「政治プロデューサー」とアメリカ側のそれの間の暗闘だった。だが、巷間いわれてきたこととは違って、この事件はCIAが仕組んだものではなく、ましてやCIAが直接手を下したものでもなかった。歴史的事実は、いつも見かけより複雑で、意外性に満ちている。

 歴史を知る意味は、現在をよく知ることにある。現在をよく知らないものに、未来は見えてこない。

 日本が現在置かれている現実をよりよく知るために拙著が役に立てば幸いだ。

児玉誉士夫 巨魁の昭和史

有馬哲夫・著

定価:987円(税込) 発売日:2013年02月20日

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