- 2011.01.20
- 書評
直感的すぎる時代への処方箋
文:岡ノ谷 一夫 (東京大学大学院総合文化研究科教授)
『錯覚の科学――あなたの脳が大ウソをつく』 (クリストファー・チャブリス&ダニエル・シモンズ 著/木村博江 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
大学の研究室を運営していると、学生たちと「言った・言わない」でもめることは毎週のようにある。51歳という自分の年齢を考えると、学生の言い分のほうが原則正しいはずと仮定して、がまんして対応するように心がけてはいるのだが。
あなたが上司や部下を持つ立場であれば同じような経験は多いはずだ。配偶者と「言った・言わない」でもめることもあろう。本書は、こうしたもめごとは人間に本質的に備わっている錯覚によるとして、私たちが陥りやすい錯覚のいろいろを解説してくれる。
錯覚というとふつうに想像するのは、止まっているはずの図形が動いて見えたり、同じ色なのに異なって見えたりする現象である。どちらかというと心理学の入門講義で出てくる、日々の暮らしとは関係が薄いような現象だと思うかもしれない。
しかし本書で説明されている錯覚はそうした地味なものではない。日常生活と密接に関連しているばかりではなく、場合によっては航空事故や冤罪などにつながりかねないような現象でありながら、今までほとんど科学的な分析が加えられることのなかった錯覚がいくつも扱われている。
たとえば、本書の原題(Invisible Gorilla)にもなっている「見えないゴリラ」の実験がある。白組と黒組それぞれ4名が入り交じってボールをパスし合っているビデオを見せられる。あなたの課題は、白組で何回パスが行われたのかを数えて報告することだ。あなたはじっくり観察し、正解することができるだろう。しかし、そのビデオの中にゴリラの着ぐるみを着た人物が登場することには気がつかない。
そんなことなどあり得ないと思うかもしれない。だが、私がある研究会ではじめてそのビデオを見せられ、何か気がついたら報告するようにと求められたときにも、全くなんにも気がつかなかった。種明かしをされて再びビデオを見てみると、明らかにゴリラがいたのだ! 人間の注意力は、その他の明瞭な情報を遮断してしまうほど強いのである。
本書にはこのような興味ぶかい実験例が満載されているし、実際のデモビデオを見ることができるURLも紹介されている。まずはいくつかビデオを見て、自分の知覚がいかにイイカゲンに出来ているのかを再認識するとよい。ゴリラの話をネタバレにしてしまって申し訳ないのだが、そのほかにもいろいろな傑作な実験が紹介されている。どんな実験かは読んでからのお楽しみに。
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