- 2011.01.20
- 書評
直感的すぎる時代への処方箋
文:岡ノ谷 一夫 (東京大学大学院総合文化研究科教授)
『錯覚の科学――あなたの脳が大ウソをつく』 (クリストファー・チャブリス&ダニエル・シモンズ 著/木村博江 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
理性と直感、どちらが正しい?
本書は、人間の注意(当然見えるものが見えなくなる話)、記憶(実際には見ていないものを見たと思ってしまう話)、自己への信頼(ポジティブシンキングの罠)、知識(知識は力ではなくぶれを生む)、原因(偶然起こったことになんらかの理由づけをする傾向)、可能性(あり得ないことでも信じてしまう仕組み)の6つの話題を扱う。
これらを通して、いかに私たちがイイカゲンに出来ているのか、そのイイカゲンさが実は進化の過程で身についた適応的なもので、これまでの私たちの生存を保障してきたものであることがわかってくる。イイカゲンであることは、人類の生存にとってまさに「良い加減」であったのだ。
ところが、技術の発達と社会の複雑化によって、今までは「良い加減」だったものがとんでもない軋轢(あつれき)を生み出し、イイカゲンではすまされない、現代の諸問題につながることを解説している。
人間は、自分が見たいものを見、記憶したいと思う形に加工して記憶し、記憶の正確さに過剰な自信を持ち、知識に振り回され、良いことは自分の、悪いことは他人のせいにし、都合のよいものだけ信じる存在である。
人間は自分の一貫性のため無意識の嘘をつくが、その一貫性自体がいつもぶれているのだ。最近はやりの自己啓発本のほとんどは、このようなイイカゲンさを増長させるものでしかない。本書は逆に、人間のイイカゲンさから目をそらさずに分析しつくすことで、よりよい人間関係のヒントを与えてくれる。
理性の時代が終わったとされ、感性があがめたてまつられ、直感が重んぜられている。成功者はいかに直感を大切にしてきたかを語る。
しかし直感が現実を裏切ることがあることを、今こそよく認識しなければならない。どこを直感にまかせ、どこを理性にまかせるかを選び取っていかねばなるまい。
本書で語られることはきわめてショッキングだから、たぶんあなたは読後少なくとも数日は注意深く過ごすことになる。とはいえ、私たちの持って生まれた傾向を克服することは容易ではない。ときどきは「見えないゴリラ」のことを思い出して改めて謙虚になる必要があろう。
最後に、本書には原文の注釈と引用文献がすべて添付されている。昨今めずらしい良心的な作りであり好感がもてる。なお、蛇足ながら本書の著者らは「見えないゴリラの実験」によって、あのイグノーベル賞を受賞してしまった。
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