「おまえって平凡な男だな」
初めてそう言われたのは20歳の頃である。発言の主は仲のいい友人。あたりまえの事実を伝える口調だった。
ショックだった。腹を割ったつきあいをしてきたその友人は、何かを見抜いてそう言ったのだ。当時のぼくは人相険しく衣服は貧しく口数も少なく映画館とライブハウスばかりに入り浸る生活をしていた。多くの知り合いから「ちょっと変わったヤツ」と見られていて、そんな自分のイメージを心地よく感じてもいたのである。
そこに一撃。薄々は気づいていたが、正面からそう言われると返す言葉がない。仕方なくぼくは「そうだよな」と答えた。
常識的である、スケールが小さい、メンタルが弱い、おもしろ味がないなど、すべてを含む総合評価としての平凡さ。他にどういうリアクションができるというのか。
友人はぼくから見ると一癖ある、そのうち何かおもしろいことをやらかしそうな男である。そうか、平凡なんだな俺って。わかるヤツにはわかるんだ。
そのコンプレックスは心の隅に沈殿し、べったりと根を張ったらしい。変わっている、おもしろい、わけがわからないといった、それまでなら平静を装いつつ内心で大喜びする評価をされても嬉しくなくなった。何もわかってないと、相手に失望さえした。ぼくにはオリジナリティなどないのだ。期待してもらっちゃ困る。
就職もせず、成り行きでフリーライターになってからは日々の仕事と生活に追われるようになり、そんな思い出も忘れてしまっていたが、コンプレックスの根は思いのほか深かったようだ。
ついついシャープで隙のない原稿を目指してしまうのである。技術があればそれもいいだろう。が、経験不足の若輩者にこなれた表現などできるわけがないことにさえ、ぼくは気づかなかった。
そんな20代の終わり、当時もっとも仲のいいライターにそのことを指摘された。一緒に事務所として使っていた古ぼけたマンションの一室でぼくが書いた原稿を読みながら、その友人は何度も首をひねった。 「いつも思うんだけど、君の原稿って攻撃的で、人を楽しませたいって気持ちが感じられないよね。それが似合っていればいいけど、君は普通の平凡な人間なんだから、読んでて痛々しくなるんだよ」
またしても、ずばりだ。隠せない。
「どこかの誰かのようにカッコいいものが書けたとして、日本で100番目くらいに原稿のうまいライターになれたとしても僕は嬉しくないけどなあ」
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