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小説家としての覚悟

小説家としての覚悟

文:真山 仁 (作家)

『コラプティオ』 (真山仁 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「この小説を掲載すべきか」

 福一の事故が深刻になった時に、この事態を心配した担当編集者から連絡があった。予定通りに入稿するかどうかの確認だった。当初の原稿締め切り日は、3月14日。すでに残り48時間を切っていた。

「原発事故が収束されていない情況で、小説を掲載すべきなのか迷っている。ただ、事故が起きたからこそ、この小説は発表すべきかも知れないとも思っている」と返した。そして、判断を1日待ってもらった。

 その直後だった。中国政府が、「中国の原発は世界で一番安全」と声明を発表して愕然とした。そして、フランスも続く。世界で最も高い原発技術を有している日本で事故があっても、世界の原発は簡単には停まらないという厳しい現実を痛感した。

 そして福一の事故がさらに酷くなったとしても、原発産業は衰えない可能性はある。それほどに、日本も世界も原発を切り離せないところまで来ているという事実から目を逸らすべきではない。そう感じた。

 ならば、『コラプティオ』は、震災と原発事故を踏まえた上で、世に問うべきだ――。

 悩んだ末に、連載の最終回では、福一の事故が起きたという前提に設定を変更して完結させた。

 その後すぐ、単行本化に向けての大幅な改稿作業に取りかかった。今度は冒頭から、福一の事故を物語に織り込む“大工事”だった。福島県にも取材に行ったし、日本を復興させるための政策も考える必要があり、専門家にアドバイスも求めた。

 そして、原稿用紙ベースで約500枚分もの原稿を差し替え、震災から半年後の7月末、『コラプティオ』を単行本として刊行した。もしかすると、読者や専門家から大バッシングされて、小説家としてやっていけなくなるかも知れないという恐怖を抱きながら。

 一部から厳しいご指摘や「ありえない」というご批判を戴いた。しかし、それ以上に多くの読者、関係者の方から暖かいご理解を戴いた。

 何より嬉しかったのは、20代、30代の若者から、多くの励ましを戴いたことだ。

 小説とは、時に現実には起きそうもない事態を想定し、読者に問題提起をするものだと考えている。そういう意味で、『コラプティオ』は、私自身が小説家としての覚悟を再確認できた忘れられない作品である。

コラプティオ
真山 仁・著

定価:790円+税 発売日:2014年01月04日

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