書評

只野真葛は、「清少納言がもっと書いていたら?」という姿を想像させる存在

文: 酒井 順子 (エッセイスト)

『葛の葉抄 只野真葛ものがたり』 (永井路子 著)

 勤めに出ると婚期を逃しがちなのが世の常とされていますが、真葛の場合は、父親の立場にも関係して、結婚が遅れてしまいます。ちなみに清少納言と只野真葛、結婚歴が二度ずつ、というところも共通していますが、働く女として優秀であったところも、同じでしょう。

 そして両者の最大の共通点が、前述の通り“二流のお嬢様”というところになろうかと、私は思います。清少納言の清原家の場合は、祖先に立派な人もいたけれど今は……、という感じ。父親は和歌の才があったけれど、和歌の才は出世には直結しません。

 真葛が生まれた工藤家は、伊達家の藩医として栄えていましたが、家運は急に傾いてしまいます。長男であった真葛の弟の死、父の平助と近い関係にあった田沼意次の失脚、そして家の焼失。各大名家も一目を置いた、かつての工藤家の栄華は今は昔……、となってしまったのです。

 この頃の真葛の人生は、こちらもつらくなるほどの、不幸続きです。勤めを辞して実家に戻ると、ほどなく結婚話が浮上。小浜に嫁してみたけれど相手はひどいおじいさんで、出戻ってくる羽目に……。

 この辺りを読みながら私は、「当時、真葛が『書く』という手法を思いついていれば」と思ったことでした。清少納言も、「生きていることが嫌になっても、白い紙と良い筆が手に入ったら、『まぁいいか、もう少し生きていられそう』と思う」といったことを書いています。つらいことがあっても、思いの丈を書いてしまえば、心の中がすっきりすることを、清少納言は知っていたのです。

 しかし真葛が「書く」ことの効能を知るのは、まだ少し先になるのでした。彼女が筆をとったのは、二度目の結婚をしてからのこと。仙台に引っ越し、様々な事物に好奇心を抱く真葛を見て、夫が書きつけておくように、と勧めたのです。

「もう止めようといっても止まらない感じ」

 で書き続ける、真葛。それは彼女の人生の中で、最も充実したひとときだったのかもしれません。

 書いたものを最も見せたかった夫が死去してしまうなど、その後の真葛の人生でも不幸が続きます。しかし書くことを知った真葛は、かつてとは違った不幸の受け止め方をしたのではないでしょうか。そして実家も、両親も、そして夫も……と全てを失ったからこそ、彼女は書くことに集中することができたのではないかと、私は思うのです。

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葛の葉抄 只野真葛ものがたり
永井路子・著

定価:本体810円+税 発売日:2016年08月04日

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