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只野真葛は、「清少納言がもっと書いていたら?」という姿を想像させる存在

只野真葛は、「清少納言がもっと書いていたら?」という姿を想像させる存在

文:酒井 順子 (エッセイスト)

『葛の葉抄 只野真葛ものがたり』 (永井路子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 彼女は紀行や随筆のみならず、世の中に対する批評精神に満ちた「ひとりかんがへ」という作品も記しました。“OL”としても長年勤めて政治や経済の裏側を見聞きし、そして実家の没落という苦汁も飲んだからこその、“溜め”の深さがあったのでしょう。清少納言は、随筆の作品としては「枕草子」しか残していませんが、真葛は「清少納言が、もっと書いていたら?」という姿を、私達に想像させる存在なのです。

 彼女はまだ若い頃、父親から、

「女が四角い文字を憶えると不幸せになる、というからな」

 と言われていました。漢字や漢文が読めると女は不幸になるなど、理屈にあわない事。しかし女の人生とは、この「理屈にあわないこと」、すなわち「封建的規制」に満ちているという現実に真葛が初めて気づいたのが、この時だったのです。

 永井路子さんは、真葛は封建社会の桎梏から書くことによって解放されて「ひとりかんがへ」を書いた、とされています。この「ひとりでかんがえる」という姿勢からは一種の覚悟を見て取ることができましょう。

「葛の葉抄」を最後として小説の執筆はやめる、と永井路子さんは表明されました。そしてあとがき「史料のことなど」には、

「江戸にもこんな女がいた――。本編に対する私の思いは、その一言に尽きます」

 とありました。歴史の中で、封建社会の桎梏にもがき、抵抗してきた多くの女性達を取り上げてこられた永井路子さんが、その小説人生の最後の主人公として只野真葛を選んだ意味は、決して軽くありません。

 清少納言の時代から、女性達が書かずにいられなかったこととは、何なのか。真葛は、そして永井路子さんは、それを私達に伝えようとしています。どのような時代であっても、「書く」ことそして「学ぶ」ことは、女性にとっての味方となり、桎梏から解き放ってくれるのです。

 時代が変化し、女性を取り巻く桎梏の意味もまた変わっている今。しかしそれに対抗し得る手段は案外、変わっていないように思うのでした。

文春文庫
葛の葉抄
只野真葛ものがたり
永井路子

定価:891円(税込)発売日:2016年08月04日

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