公園の南の端には西郷隆盛の銅像がある。浴衣姿で犬を連れて、なんだか笑える。英雄なのにあんまり偉そうじゃない。もしも西郷さんが馬に乗っていたり、洋服の正装だったりしたら、上野もずいぶんイメージが変わっていたと思うよ。しばらく前までは、西郷さんの足の下にレストランがあった。レストランといっても、家族で楽しむ大衆的な店だった。マリリン・モンローのそっくりさんが出てきて「じゅらくよ~ん」と色っぽくいうCMがテレビで流れていた。西郷さんとモンローが同居するのが上野だ。
上野の西から北にかけては根津・千駄木・谷中と下町情緒の残る街が続く。上野から東に進めば浅草。上野の南、御徒町をさらに進むと秋葉原につながる。
アメ横はこういう空間の中にある。
『夜を守る』は、街を舞台にして若いヤツらが悪や不正と戦うという点は、IWGPシリーズと共通している。だけど、同じ東京の若者でも池袋の真島誠(マコト)と、上野の川瀬繁(アポロ)では、ずいぶん違っている。その違いの根っこにあるのは、池袋西口と上野アメ横という街の成り立ちだと思う。
IWGPのマコトは、地元の果物屋の倅だ。つまり土地っ子。フリーターではあるけど、おっかない母ちゃんが頑張っている家業の果物屋があるし、やがてマコトはフリーライターという仕事をするようになる。それに対して『夜を守る』のアポロは、大学を卒業してレンタルビデオ屋で働いている。学歴はマコトよりあるけど、アイデンティティの不安定度は高い。
アポロたちはニューヨーク発の民間防犯組織、ガーディアン・エンジェルスもどきのベレー帽をかぶり、フライトジャケットをはおっている。でも、アポロたちの目的は防犯というよりも、アメ横という街を居心地よくすること。こわもての自警団っぽさはないし、威圧感もない。相手が暴力団員だとわかっていても、彼らが街を汚したり破壊したりしない限りは、排除したり敵対しようとしたりしない。街娼だって彼らの友達だ。
アポロたちにあるのはアメ横という街への愛着であり、この街で働く人びとへの共感なんだ。治安をよくするというよりも、居心地をよくしたいだけ。そして、高級品もパチモンも、大金持ちも貧乏人も、芸術家も街娼も、いろんな人がごちゃごちゃと共存していることが、上野とアメ横の居心地のよさの源泉なのさ。
IWGPと『夜を守る』の空気の違いは、池袋西口とアメ横という街の違いによるものかもしれないし、IWGPの第一作から『夜を守る』までの約十年の時の流れによるものかもしれない。マコトからアポロへ。これはひとつの進化なんだ。
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