綿矢 芥川賞が創設されて今年で80年なんですね。鵜飼さんのご本『芥川賞の謎を解く』には80年のいろんなドラマはもちろん、記者の方だからこそ知ってる裏側の話もたくさんあって、へーって感心することばかり。面白かったです。
鵜飼 綿矢さんにそう言っていただけて光栄です。
綿矢 とんでもないです。全選評完全読破ってサブタイトルにありますが、全部読んだのですか?
鵜飼 第1回から第152回まで1400本以上読みました。芥川賞は文学賞で初めて本格的に選考委員の「選評」を公表した賞なんですよ。当代随一の作家である選考委員が新人作家の作品に対して、自らの文学観をもとに真剣な思いを述べている。これは優れた文学表現だと思います。
綿矢 確かに川端康成、三島由紀夫、大江健三郎と文学史を彩る作家たちの選評は迫力があります。意見を押し通す人が多かったり、言いたい放題で、「荒波立てずに行こう」という感じが全然しないのが面白い。みなさん確固とした文学についての持論がある。
鵜飼 自分の否定する作品が受賞に決まり「戦死した」と選考会場を去った永井龍男がいたように、芥川賞は選考を務める作家同士が、新しい文学を巡って戦う場でもあるんです。選考委員はどう読んだかに注目すると、もっと面白くなる。
綿矢 完全非公開の選考会がどう進められるのかも取材されて書いていますね。
鵜飼 まさに芥川賞の謎はここにある。司会者が口にする決まり文句があったり、ちょっと儀式めいた仰々しさもあるようです。
綿矢 特に私は太宰治の大ファンなので、第一章で詳しく書かれているエピソードに、びっくりしました。
鵜飼 太宰が第1回芥川賞に落選して、川端康成に逆ギレする事件。「刺す」と反論文に書いてしまい……。
綿矢 過激ですね。太宰治は色々矛盾を抱えた人格だと思いますが、なんだか分かるような気もして魅きつけられます。
鵜飼 今期の芥川賞に『火花』(文藝春秋刊)で候補になったお笑い芸人の又吉直樹さんも太宰の大ファンです。実は候補作が発表された6月19日は、太宰の誕生日で、命日の「桜桃忌」です。もしかしたら又吉さんが太宰の墓参りにでも来るんじゃないかと思って墓地に取材に行ってきました。会えませんでしたが。
綿矢 えっ! 文芸記者ってそこまでするんですね。
鵜飼 いや、そんなことするのは変わり者だと思いますけど……。芥川賞の取材をして25年になりますが、綿矢さんが受賞したときには選考会場にも記者会見にも行けませんでした。本社で原稿をさばくデスク業務の担当だったので。“事件現場”に行けなかったのは、残念な思い出です。
綿矢 記者会見の席につくともの凄い数の報道陣の方々がいて、カメラのフラッシュがバシャバシャッて。さっきまでモグラみたいに家に籠ってたので、ドッキリみたいな感じでしたね。
鵜飼 「蹴りたい背中」で受賞して何年経ちましたか?
綿矢 もう11年です。
鵜飼 これまでに芥川賞で新聞の一面記事になったのは綿矢さんと金原ひとみさんの史上最年少ダブル受賞のときと、楊逸さんの初の中国人受賞のときの2回ぐらい。綿矢さんにとって、芥川賞って今でも重みがありますか?
綿矢 重みというか、もちろんうれしいんですけど、いまでも「芥川賞作家」って呼んでもらうことに、後ろめたさみたいなものはあるんですよね。
鵜飼 後ろめたさ?
綿矢 うまく言えないんですけど、賞をいただいてからずいぶん経っているのにまだ「芥川賞作家」と呼んでいただくことも多い。大分前なのにスミマセン、と。
鵜飼 なるほど。
綿矢 あと、芥川賞って誤解も多いんです。受賞した頃に「今度は直木賞だね!」って言ってくれた人がいました。芥川賞は純文学の新人賞で、直木賞はエンターテイメント作品である程度作家としての地位を確立された方が受賞する。その違いが普通の人にはなかなか知られていないですね。
鵜飼 吉村昭さんも同じような目に遭ってます。中堅・ベテラン作家に授けられる読売文学賞の受賞後、床屋に行ったら「先生、今度は芥川賞だねえ」と言われ、ガックリきちゃったという。
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