きらきら光るものが降り注ぎ、色とりどりの風船が揺れ、どこからともなくお菓子のいい匂いがしてくる。花々が歌うように咲きほころびる。そんな光景が脳裏に広がり、まるで遊園地のようだと思った。
私にとって美術探偵・神永美有シリーズは、次から次に楽しいことの起きるワンダーランドに他ならない。本作『注文の多い美術館』はシリーズ第三弾になるが、第一弾である『天才たちの値段』の一編目から心を持っていかれた。
美術ものと言っても絵を売買するさい、ほんものか偽物かが大問題であることは素人にもよくわかる。作者がボッティチェリともなれば、知ってる知ってるイタリアだっけ、ルネサンスだっけ、ちょー有名な画家さんと、小躍りのひとつもしたくなる。おいそれとは市場に出てこないのも察しがつくというものだ。万が一出た場合、価格がとんでもなく跳ね上がるだろうことも。
それを神永美有は買ってしまう。ほんものならばけっしてありえない安値で。けれど庶民からしてみれば家の数軒が買えるような高値で。必死に止めようとした、このシリーズの語り部である美術講師・佐々木先生と共に、私は唖然とした。落胆もした。記念すべきオープニングの一作目で、探偵役が偽物をつかまされるという大失態をやらかすとは。トランプの数字を読み間違えるマジシャンを見るように本気で心配した。いやはや。言わずもがなだが、この話にはあっと驚く大逆転が待ち受けている。未読の方はぜひ。
このように本シリーズは、名画の真偽にまつわる丁々発止のやりとりはもちろん、謎の遺言状が出てきたり、意味不明な柱時計が登場したりと、素人の興味を巧みに引いてくれる。古今東西の美術品についての講釈もばっちりだ。なめらかで柔らかな口調でもって、マニアックな部分にも果敢に切り込む。さらに付け加えれば、読み手をハラハラさせるストーリーテリングの妙は心憎いばかり。誰もが知っている歴史上の人物がひょっこり顔を出すあたり、お楽しみ感も満載だ。遊園地の興奮を重ね合わせても不思議はないだろう。
作者、門井慶喜さんが丹精込めて用意した、一級のエンターテイメント世界が待ち受けている。とても「らしい」と思う。
私が初めて門井さんにお会いしたのは、デビューして間もなくの頃なので、かれこれ十年近く前になる。ご挨拶させていただいたのち、パーティなどで顔が合うと会釈するような付き合いが続いた。やがて光文社より「リクエストアンソロジー」という企画が立ち上がり、私がまとめ役を仰せつかった。これは三人の作家がそれぞれのテーマを決め、参加してほしい作家に作品をリクエスト(おねだり)する、一風変わったアンソロジーだ。
私は本屋さんをテーマにして、顔見知りだった門井さんに寄稿をお願いした。心優しい門井さんは快諾後、ウィットに富んだ短編を書いてくださった。単行本になったのは2013年、明けてすぐの頃。春先には参加者全員を招待する形で打ち上げ会が催され、門井さんも出席された。
この席で、さまざまな作家と雑談しているうちに歴史的建造物の話になり、すでに万城目学さんとの共著で『ぼくらの近代建築デラックス!』を上梓していた門井さんは自然と注目の的に。誰からともなく「ああいうのに参加してみたい」「蘊蓄を聞きながら建物見学をしたい」という声があがった。気さくで腰が低くて控えめな門井さんは「いやー、えへへ」と照れ笑いを浮かべるだけで、こちらにしても無理強いする気は毛頭ない。わがままを言っているのは承知の上だ。その場では、できたらいいなという夢物語で終わったのだけれども、なんと数年を経て、晴れて実現の運びとなった。これまた門井さんの快諾あってこそ。
めっぽう歴史に強い講師役を迎え、大人の遠足的お散歩会はたいへん盛り上がった。建物の前で語られる時代背景は過ぎ去った日々を垣間見せ、そこに生きた人々の姿をも彷彿させる。誰もが限られた寿命の中、泣いたり笑ったりしながら何かを作り、何かを壊し、何かをつなげてきたのだ。温故知新。故きを温ねて新しきを知る。
門井さんは過去に敬意を払い礼節を重んじつつも、けっして堅苦しくない話でもって参加メンバーを引きつける。終了する頃には「あー面白かった」「またやってほしい」という声が方々から聞こえた。メンバーというのは件の打ち上げ会に同席した作家と、話を聞きつけて加わった編集者、書店員なのだけれども、肩書きや所属を忘れ、たまたま隣り合った人と歩き、話し、そして学ぶという自由度に満ちていた。講師役から発せられる空気ゆえだと思う。
翻ってこのシリーズを見てみれば、冒頭でワンダーランドに喩えたが、お散歩会にも通じる点が多々ある。肩の力を抜いて知識を積む楽しさを味わい、ときどき笑ってしまい、後味は実に爽快。歴史って面白い、そう思ってもらえたら嬉しいと、言葉にならない言葉で語りかけられてるようだ。
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