書評

肩の力を抜いて楽しめる、美術と歴史のワンダーランド

文: 大崎 梢 (作家)

『注文の多い美術館』(門井慶喜 著)

 すっかり前置きが長くなってしまった。すみません。シリーズ第三弾にあたる本書は、佐々木先生にとっての一身上の大事件が、主に札幌方面で勃発する。飲んだくれてる彼の肩にそっと手を置きたくなること請け合いだ。

 合間にはこのシリーズに艶やかな毒気、もとい活力を注ぎ込む異色のマドンナ、イヴォンヌの視点で描かれる章も挟み込まれる。終章を飾るのは、探偵役の神永美有が二十歳にして「舌」に目覚めるエピソードだ。

 扱っている題材も隕石で作られた刀やら、金印ならぬ銀印の出土やら、ローマ法王のタペストリーやら、前作に負けず劣らずバラエティに富んでいる。中でも、私がとびきり大きな感嘆の吐息を漏らしたのは、「汽車とアスパラガス」だ。

 佐々木先生の前に現れるのは、4分の1の模型といえども小型自動車ほどの大きさを誇る蒸気機関車。燃料さえあれば自力走行も可能とのこと。ペリーが来航したさい、将軍・徳川家定に献上したものだそうだ。

 イヴォンヌがらみで購入する羽目に陥った先生が、いつものように行きつけのパブで神永に事の次第を話すと、間に入っている美術商の評判が悪い。端的に言って、うさんくさい。

 すでに契約書を交わしてしまったので、身銭を切る立場の先生は深く落ち込む。それを見て、なだめるように神永が取り出したのは古いスケッチブックだった。骨董市をひやかしていてみつけたという。中に描かれていたのは、横たわったグリーンアスパラガスの五、六本。添え書きには1871年とあり、本人のものと思われるサインも入っている。「Sen.T」と。先生にも神永にも心当たりはない。

 紙に描かれた絵と、大きな鉄の塊。野菜と汽車。どちらも出自は不明。つながりなんて何も浮かばない。私には訝しむことしかできなかったが、ページをめくっていけばスケッチブックがもう一冊見つけ出され、そこに思いもよらない絵があった。

 目をむくイヴォンヌと言葉を失う先生。神永だけが「そんな気がしてたんだ」とにこにこ顔で言う。名場面だ。読んでる方も驚いたり胸が高鳴ったりして、ほら、やっぱりワンダーランド。

 その絵だけではまだまだちんぷんかんぷんで、名探偵による丁寧な考察と謎解きを経て、知り得なかったことに理解が及ぶ。私はSen.Tさんのことをずっと忘れないだろう。粋としか言いようのない汽車の落ち着き先も含めて。

 終章にて、若かりし日の神永はこんなことを口にする。

 美術、おもしろいぞ。
 僕は、生まれてはじめてそう思いました。
 太田聴雨は有名じゃない。この絵もそんなに上手じゃない。僕は正直そう思います。その聴雨の絵でさえ背後にこれだけの謎を秘め、思いを秘め、ゆたかな歴史を秘めている。ならば彼よりもはるかに有名かつ巧みな画家である横山大観、牧谿、あるいは西洋ならボッティチェッリやレンブラント、そういった人々の作品は、もっと大きな魅力があるのかも。もっと大きな謎があるのかも。
 ──いや、きっとある。

 このあと彼は、自分の未来からとおぼしき甘みを舌に感じる。ほんものだけがもたらす特上の味覚。読者である私の舌にもゆたかなそれが広がるような気がした。

注文の多い美術館門井慶喜

定価:本体840円+税発売日:2017年08月04日


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