書評

すべての開店は似ているが、閉店にはそれぞれの物語がある。だから面白い!

文: 永江 朗 (ライター)

『閉店屋五郎』(原宏一 著)

 数年前、京都の仕事場の近くに小さな料理店ができた。若い店主が夫婦で切り盛りする店で、割烹未満、居酒屋以上ぐらいの感じ。カウンターとテーブル席があった。店主は海釣りが趣味で、定休日の翌日にはメニューに釣果が並んだ。魚は新鮮で、料理の腕もよかった。ただ店舗のセンスがいまひとつ。内装­は安っぽかったし、照明は明るすぎた。最悪なのはBGMで、一昔前に流行ったJ‒POPがけっこうな音量で流れていた。親方か女将か、もしかすると両方がJ‒POPファンだったのかもしれない。いま考えると、店の名前にも難があった。和食の店なのにカタカナ。それも由来を聞かないと意味不明。

 はじめは何度か行ったが、だんだんと足が遠のいた。料理はうまいけど、あの雰囲気ではね、と思ってしまう。京都の街なかは飲食店の激戦地。客からすると選択肢は無限にある。ある日、気がつくと、あの店はなくなっていた。閉店の事情はわからない。でも、なんとなく、こうなることはわかっていた気がした。それと同時に、「照明やBGMのこと、客としてアドバイスしておけばよかったかな」とも思った。音楽は止めたほうがいいですよ。音楽を流さなくても、庖丁が野菜を切る音や揚げ物の音がBGMになりますよ。照明はすこし暗めのほうが、料理が映えますよ。そう話すわたしを想像してみたが、さほど親しくもないのに差し出がましい。余計なことはいわなくてよかった。

 たいていは二年か三年おきにやってくる店舗の賃貸契約更新時期が、継続か閉店か、あるいは移転するかを決断するときだ。続けていける見込はあるか、それともあきらめたほうがいいか。借りている店の場合は、家賃が払えるかどうかというはっきりとした目安があるけれども、難しいのは自前の店舗の場合だ。見込がないのに閉店の決断ができず、ついずるずると続けてしまう。借金が大きくなって、どうにもならなくなって店を閉じる。もっとも、行きつけのバーのマスターから聞いた話によると、最近の京都はもっとドライらしい。東京の事業家が木屋町あたりに店を出し、二年か三年で投入した資金およびプラスアルファを回収したら、とっとと撤退する。客もふりの客、いちげんさんだが、店のほうもいちげんさんとか。



 中古屋五郎は閉店・廃業した店舗や事務所から厨房機器やオフィス機器、事務用品などを買い取って販売している。

 業務用の機器は家庭用と違って頑丈にできている。耐用年数も長い。中古でもじゅうぶん使える。値段もそれなりに張るが、店を始めるときプロ用中古機器を使うのは賢い選択だ。なんでわたしがそんなことを知っているかというと、以前住んでいた近所、大田区の環七沿いに、中古屋五郎のような店があったからだ。ライターをやめて焼き鳥屋をはじめよう……と思っていたわけではないが、ああいう店は覗くだけでも楽しい。「おお、ホシザキの冷蔵庫がこの値段で!」とか「中華鍋を使うなら中華レンジじゃなくちゃ」とか「ステンレスの作業台は、うちでも使えないだろうか」などと考えながら。

閉店屋五郎原 宏一

定価:本体720円+税発売日:2017年10月06日