書評

英雄を一刀両断する数々の評言が、塩野七生の「女の肖像」を浮き彫りにする

文: 楠木 建 (経営学者・一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)

『男の肖像』(塩野七生 著)

 ペリクレスの章で先に引用した部分の続きである。

 それからほぼ十年して、彼と再会した。イタリアへ行った私は、ローマのヴァティカン美術館を観(み)てまわっていて、部屋のひとすみに置かれてある大理石の胸像の前で、ふと足が止まったのだ。どこかで見た顔だ、と思った。胸像の下にきざまれたギリシア名は、ギリシア語の不得手な私にも読める。あら、お久しぶり、というのが正直な感想だった。

 大カトーについての章の書き出し。

 こんな男を亭主にもったら、毎日が息がつまるような生活ではないかと思う。また、隣り近所にいられるだけでも、神経が休まらないにちがいない。友人としても、いやはやなんとも、敬遠の関係ぐらいにしておいたほうが無難である。

 ペリクレスも大カトーも紀元前の地中海世界に生きた歴史的大人物だが、著者にしてみれば「あら、お久しぶり」と再会する相手であったり、どうにも気が合わない隣人なのである。

 本書を読んで、この独特のスタイルの起源が芥川龍之介の慧眼にあったことを知った。地中海の歴史世界にのめり込む以前、著者が夢中になったのは芥川だったという。彼はこう言う。例えば作者自身が和泉式部の友達であるかのようにその時代を虚心平気に書き上げる。こうしたタイプの歴史小説は読者が現代の人間や社会に引きつけて読み取りやすく、示唆的であるはずだ。ところがそういう歴史小説が日本にはない。この新機軸に挑戦する若手はいないものか─。

 これに呼応したのが若き日の塩野七生その人だった。芥川が著者を夢中にさせてくれなければ、著者の独特なスタイルによる歴史小説もありえなかったのかもしれない。だとすれば、芥川龍之介に感謝の意を表したい。

 歴史上の人物と時空間を共有しているかのように向き合い、虚心平気につき合う。その結果、「歴史上の人物は皆、私の知り合いになってしまった。いや、イイ男だったら、皆、愛人にしてしまった」。

男の肖像塩野七生

定価:本体830円+税発売日:2017年11月09日