別冊文藝春秋

『3月10日』小川哲――別冊コラム「あの日」

文: 小川 哲

電子版17号

「別冊文藝春秋 電子版17号」(文藝春秋 編)

 大学の春休みだった。僕は高校卒業以来、一度も会っていなかった同級生の女の子と、新宿で映画を観る約束をしていた。自宅から最寄り駅に向かう途中で、突然まっすぐ歩けなくなった。一瞬、二日酔いを疑ったが、すぐに周りの建物が揺れていることに気がついた。揺れているのは僕ではなく、地球だった。それが三月十一日午後三時前、あの地震が起こったときの記憶だ。

 今でも一年に一度くらい、そのときの話をする。みんなもよく覚えている。会社の資料が散らかったこと、冷蔵庫が動いたこと、携帯が繋がりづらくなったこと、家まで歩いたこと。

 友人たちに「三月十日に何をしていたか」と聞いてみたことがある。特に意味のない質問だったし、誰も覚えているわけがないと思った。案の定、誰も覚えていなかった。もちろん僕も覚えていない。でも、僕たちには三月十日があった。それは間違いない。翌日に何が起こるのか知ることもなく、その日を生きていた。

 僕はこのエッセイのために、今から自分が三月十日に何をしていたのか、可能なかぎり思い出してみようと思う。

 まず、三月十一日の記憶そのものが手がかりとなっている。地震が起きた瞬間に、僕は二日酔いを疑っている。つまり、前日に酒を飲んでいたということだ。その仮説を検証するために、当時のスマホを見る。三月十一日、件の同級生とは新宿で午後三時に待ち合わせている。地震があったのは午後三時前だから、僕は遅刻しつつあったということだ。ここからひとつの仮説が生まれる。昔から僕は、予定が詰まっていなければ、いつも約束のかなり前に現地へ行き、喫茶店などで読書をしながら時間を潰していた。その日の待ち合わせは午後三時で、特に朝が早いわけでもない。普通なら地震の瞬間は新宿の喫茶店にいるはずだし、そもそも数年ぶりに会う女の子との約束に遅刻する可能性は低い。だが、その日は事実として遅刻しつつあり、最寄り駅に向かう途中で地震に遭っている。

 僕は三月十日、誰かと朝まで酒を飲んでいて、そのせいで寝坊したのではないか――これが仮説だ。その場合、いったい誰と酒を飲んでいたのかが問題になる。

 だが、ここで頭をかかえてしまう。スマホには、三月十日に誰かと通話をした記録も、待ち合わせをした記録もない。その日のメールは、ロビーニョというサッカー選手の悪口と、後輩とやっていたハイデガーの読書会の話、三日後に行くスノボ旅行の話(結局中止になる)、翌日の映画の待ち合わせ時間の確認だけだった。つまり、僕が三月十日の夜に誰かと酒を飲んだ可能性は低い。かなりの確率で、僕は三月十日、“特に何もしていなかった”。

 それではなぜ僕は、“地震が起こったときに二日酔いを疑ったのだろうか”。僕は一人で酒を飲むことがないので、前日に誰かと飲んでいなかったら、二日酔いの可能性を疑うことすらありえないはずだ。

 そこでさらに遡ってスマホの記録を調べると、別の可能性が浮かび上がってくる。“三月九日”、僕は友人と朝まで酒を飲んでいて、三月十日はおそらく午後四時ごろに起床している。また三月七日には件の読書会をしていて、その読書会は午後三時開始だったが、なんと僕は“寝坊している”。

 簡単な話だ。当時の僕は、昼夜が逆転していたのだ。おそらく地震の日も寝坊して、遅刻しそうになった。だが、午後三時の待ち合わせに「寝坊した」という釈明はあまりにもみっともない。そこで僕は朝まで酒を飲んでいたことにしたのだろう。苦難の末ようやく新宿で会った同級生に「地震が起きたとき、二日酔いを疑った」という話をすることで、嘘を首尾一貫させようとしたのかもしれない。そしてその捏造された記憶が、いつの間にか僕の正史になっていた。

 三月十日――その日僕は、とりたてて何かをしていたわけではなかった。太平洋のどこかでは、プレートの歪みが着々と大きくなっていた。僕は一人で夜更かしをした。そして、その日の記憶は永遠に失われてしまった。

おがわ・さとし/一九八六年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍中。二〇一五年に『ユートロニカのこちら側』で第三回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。一七年八月、第二作『ゲームの王国』(上下)刊行。

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