本書の主人公である警護官(ボディガード)コルティは、古き良きボードゲームの愛好家です。彼の頭のなかにはつねに「戦略」があり、ゲーム理論についてくり返し言及します。一方、敵である殺し屋ヘンリー・ラヴィングも戦略家として造形されています。標的の殺害だけが目的ではなく、標的を捕らえて必要な情報を引き出し、そののちに殺害するのがラヴィングの「仕事」で、この仕事は本書で「調べ屋」と呼ばれています。つまりラヴィングは、殺しの前に標的を“捕らえ、秘密をしゃべらせ”なければならない。そのためにラヴィングは綿密な戦略を立てて警護のスキを突き、ときには標的や関係者の家族などを人質にとって、自身の計画の手助けにし、また標的の口を割らせる楔(エッジ)とする。『限界点』は、守る者と襲う者の手の読み合いを徹底して描いた作品となっているのです。
本書では攻撃・防御・反撃のアクションが繰り広げられますが、同時にアクション以前/以後に主人公が紡ぎ出す思考が重要になってきます。つまりは頭のなかで展開するアクションということで、それを綿密にスリリングに描くのに最適なのは、すべてが主人公の脳内の語りである一人称の文体だということなのです。ついでに書き添えておけば、主人公の行動を一人称で描くということで、本書にはハードボイルドの風合いもそなわっていて、ディーヴァーもおそらくそれを意識していたのか、いつもより糖度が低めのドライな文体になっているのも読みどころでしょう。
主人公と敵とが頭脳で勝負する。そういうゲーム性は『静寂の叫び』以降のディーヴァー作品すべてに通じるものです。その純度を限界まで高めてみせたのが『限界点』だと言っていいと思います。本書をディーヴァー流サスペンスの真髄と呼ぶゆえんです。
さて、本書以降にディーヴァーが発表したノンシリーズ長編はいまのところ一作のみ。二〇一三年のThe October Listがそれで、こちらでもやはりディーヴァーは、ノンシリーズでしかできない冒険に挑んでいます。娘を誘拐された母親が、犯人に「オクトーバー・リスト」なる文書を入手せよと命じられるタイムリミット・サスペンスなのですが、物語が章ごとに逆順で配列されている――つまり第一章が「現在」で、章を重ねるごとに時間がさかのぼってゆく――という破格の構成をとっているのです。そんな構成を活かした細かなサプライズやドンデン返しも満載。この野心作も小社より近刊の予定です。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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