文学の世界に新人や若手作家はつぎつぎと登場し続けているけれども、円城塔(えんじょうとう)ほど異色の際立った才能はめったに出てくるものではないだろう。おそろしく頭がよくて、人を食ったようなワイルドな想像力をあわせもち、これでもか、これでもかと博学ぶりを発揮しながら、理科系の知と文科系の薀蓄(うんちく)が渦巻くような迷宮の奥へと読者を誘(いざな)い、しかし、それでいて最後にはなんだか爽やかなふっきれた読後感さえも与えてくれる。
確かに彼の小説の多くは「難解」だ。世間で広く読まれている娯楽小説やケータイ小説などの「読みやすさ」の対極にある、と言ってもいい。しかし、どんなに難解なものを書いても、なんだか魔術師が悪戯(いたずら)っぽくウィンクをしているようなチャーミングなところが感じられて、読者を決して突きはなさないのだ。
理科系出身の経歴から言えば、SF畑の作家ということになるだろう。SFファンの間では、超前衛的な作品の書き手としてすでに注目を集めているが、彼の才能はSFとか純文学といった枠組みにはどうも収まりきらないようだ。実際、本書の表題作、「オブ・ザ・ベースボール」は、昨年、第一〇四回文學界新人賞を受賞した作品である。この作品は奇想天外な一種の不条理小説として読むことができるので、円城塔の世界への読みやすく楽しい「入門編」にもなっているといえるだろう。
「オブ・ザ・ベースボール」は、ほぼ一年に一度、空から人が降ってくる町の話である。町の名前はファウルズ。「家畜すらもが日常のあまりの単調さに退屈しきって死んでしまう」という小さな町だ。語り手はその町に流れ着き、レスキュー・チームの一員となる。人が空から降ってきたら、救助するのが仕事らしい。しかし、レスキュー隊は落下者を捕まえるのではなく、野球のバットで打ち返すのだという。そのため、いつもバットを持ち歩いているのだ。いや、訳がわからないのは、バットの件だけではない。そもそもどうして人が空から降ってくるのか、彼らはいったい何者なのか、時に疑似科学的な説明がはさまったりもするのだが、明確な説明は結局のところ与えられない。しかし、妙に理に落ちるような説明がないほうが、クールでいい。不条理は不条理として、そこにある。余計な説明はぬきで、どうぞ、それを楽しんでください、といったふうなのだ。
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