オレの完成したばかりの鉄錆の直方体にも、山狩りと称して県警のパトカーが立ち寄り、二人の警官が作業場に入って来た。無愛想なプレハブ作業場のキューポラや自作の大型ガラス溶解炉は、まったく関係のない人間にすれば謎めいた装置だろう。あれこれとしつこく質問してくる。
「どうしてこんな大きなモノを……?」
「これはよお、誰も見たことないような巨大な光りのカタマリをな、」
ちょっと自慢げに作業場の案内をしながら喋りだすオレに、
「どこからの依頼で?」
中年の警官が話の腰を折る。
一方の若い警官は作業場の中をジロジロ見回している。
「依頼されてるワケじゃない。オレがやりたくてやってるだけだよ。美しいと思うものを目指して生きてる、ちゅーことだな」
調子づくオレを見る彼らの目は笑っていなかったが、
「オレは生きることを何処からも依頼されてない」
誇らしく言い切ってやった。
腑に落ちない顔つきの警官は職務に忠実に、やれ材料だの、値段や炉の機能についてだのをアレコレ質問してくるが、理解しようとしているのではなく、何か矛盾点を探し出そうとしているようだった。
「どうやって生活しているの」
トドメのつもりなのか中年警官が作り笑顔で、屁のツッパリにもならない質問をした。
「もう大人だから喰うことは自分で出来る。メシの喰い方はオレの個性だからよ。心配御無用」
機嫌のいいオレもさすがにイラッとした。
中年警官も他人の顔色を見ることには長けているのか、やっと二人は帰っていったが、その後も時どき立ち寄るようになった。
結局、危険な人物ではないと判断したのか、しばらくすると警官はパタリと来なくなったが、今度はテレビでニュースを見た通りがかりのムラビトが、窓の少ない大きなオレの作業場を指さして「サチアン、サチアン」とはやし立てるようになった。
オレに背を向けてその様子を眺めていたサブ兄ィは、手持無沙汰にしていた恰幅のいい若い作業員を呼び寄せると、なにやら耳打ちをしている。首だけこちらに捻ったサブ兄ィは、煙草のヤニで茶色くなった前歯をのぞかせニヤリと笑う。
「今晩、こいでくるずら」
「こいでくる?」
若い作業員も振り返り、二人そろっていかにも悪い顔をした。
翌朝、オレが作業をしていると、サブ兄ィの運転する軽トラから三人の若い衆が降りてきて、突然、小石の地面をスコップとツルハシで掘りはじめた。
なにが始まったのかわからないまま眺めていると、たちまち直径一メートル程の穴が掘りあがった。
さらに若い衆は荷台の黒土をその穴にスコップで掻き下ろし、積んできた苗木をその真ん中に据えると、根っこに水をドブドブと注ぎ、残りの土を入れて安定させた。
「センセ、縁起物のサクラずら。家内安全、商売繁盛、おまけに五穀豊穣」
サブ兄ィのなめらかな口調はまるで香具師のようだった。
「他所ん家のサクラをかっぱらってきたんだったら貰えんぞ」
「なあに、山へ入って、ミリッコいヤマザクラを見繕ってこいできたずら」
花見には何の興味もなかったが、里山の雑木林につかの間、桃色が息を吹き返したように咲くヤマザクラは好きだった。
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