- 2018.11.22
- 書評
かつてない復讐劇──中江有里が6年ぶりのガリレオシリーズを読む 中江有里が『沈黙のパレード』(東野圭吾 著)を読む
文:中江有里
『沈黙のパレード』(東野圭吾 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
殺人事件の容疑者が逮捕されると「動機」に注目が集まるが、昨今見聞きするあまりに身勝手で突発的な犯行動機には戦慄が走る。
一方で愛する人を奪われた側はこの手で犯人を八つ裂きにしたくとも、司法にゆだねるしかない。しかしその司法が通用しない場合どうするのか。前作から六年ぶりのガリレオシリーズはかつてない復讐の物語。
ある日行方不明になった並木家の長女・佐織が数年後静岡の家屋で遺体となって発見される。歌手を目指していた彼女は菊野市の期待の星、町の人気者だった。
容疑者として逮捕されたのは、以前少女殺害事件で逮捕・起訴されながらも、裁判で無罪になった蓮沼寛一。蓮沼は取り調べで黙秘を続け、処分保留で釈放された。その後、佐織の家族の前に姿を現わした蓮沼に町の人々は憤怒し、復讐心を募らせる。
かつて少女殺害事件を担当した草薙は、佐織の事件で再び蓮沼を世に放ってしまった自責の念に駆られていた。そんな時、蓮沼変死の一報が届く。被害者となった蓮沼を恨む町の人々にはアリバイがあり、その殺害方法も謎が多い。草薙はアメリカ帰りの物理学者・湯川に助言を求めた。
通常、ミステリーにおける名探偵とは事件を解決に導くキーパーソン。捜査が行き詰った時の便利な存在にもなりかねないが、湯川の造形はそう単純ではない。
警察に先んじて、推理から結論に近づいていく湯川。草薙たちは推理内容をすべて語らない彼に不満をぶつけるが、湯川はこう返す。
「正しく実験が行われたかどうかを判断するには、どんな結果が出るかなんて、知らないほうがいいんだ」
現代的な受け身の生き方に対する苦言
犯人がわかっている捜査なら、近道で正解へたどり着けてしまうが、それゆえに見落としてしまう人の機微がある――実に的を射た指摘であるとともに、様々なことに重ね合わせられる言葉だ。
人と違うことを恐れて、空気を読みすぎる社会では自分自身で考える力がだんだんと衰えていく。こうした現代的な受け身の生き方に対する苦言とも取れた。
そういう意味で言うと本書の復讐劇は受け身の生き方の対極にある。罪に問われるとわかっていても自ら鉄槌を下したい。なぜ佐織が殺されたのか、どんな理由であっても知りたい。これらの目的を果たした後、取った行動は「沈黙」だった。
「黙秘」と「沈黙」。本書で前者に続く言葉は「する」が、後者は「守る」がふさわしい。自分以外の誰かを守るための沈黙――湯川も例外ではなく大切な誰かのために行動していた。見事な幕引きにうなる一冊。
ひがしのけいご/1958年大阪府生まれ。大阪府立大学工学部卒。エンジニアとして働きながら、85年、『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。99年、『秘密』で日本推理作家協会賞受賞。2006年、ガリレオシリーズ初の長編『容疑者Xの献身』で直木賞受賞。
なかえゆり/1973年生まれ。女優、文筆家。著書に『わたしの本棚』、『ホンのひととき 終わらない読書』など。読書家としても著名。
こちらの記事が掲載されている週刊文春 2018年11月8日号
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