書評

スーさんの魔法の筆から繰り出される言葉の数々に、してやられる快感

文: 中野信子 (脳科学者)

『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(ジェーン・スー 著)

『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(ジェーン・スー 著)

 日本語の二人称が事実上死語化しているという事実がこの戸惑いのおおもとにはあるのですが(これはこれで論じる価値のある面白いテーマですがまたいずれ)、たいていの場合は、近い距離同士の間だけで使われるニックネームを使いあうことで、このぎこちなさを解消しようと試みる人が大半でしょう。

 でも私たちはそうしていません。使い始めると、距離の取り方が難しくなるからです。互いが遠くにあったときの敬意や憧れの気持ちはその鮮やかさが失われ、言葉に強制されるように互いの意思が互いの意思を縛り合いかねない近さでやりとりをしなくてはならなくなります。

 言葉が先導して決めた距離感に従わなければならないような感じは私たちには窮屈すぎます。一般的にはあまり近すぎると同性同士の間であったとしても(だからこそ、かもしれない)お互いに気になることが多くなるでしょう。その堆積がどんな洗剤を使っても落ちなくなってしまった水垢のように心にこびりついてしまった時には、もう遅く、修復のしようがなくなります。それでなくとも私はかなり感じやすく気難しい性質だし、スーさんもおそらくそうでしょう。類稀なる観察眼と、配慮に満ちた文章を書ける人だから、いろいろなことをスルーしてしまうにはあまりに繊細で、多くのことを考えてしまうだろうと思うのです。

女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。ジェーン・スー

定価:本体600円+税発売日:2018年11月09日


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