2019年本屋大賞受賞『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ 著)の冒頭を公開します。
第1回よりつづく
「森宮さん、次に結婚するとしたら、意地悪な人としてくれないかな」
長ねぎにしいたけに小松菜に豆腐。なんでも入れたカレイの煮つけを口に入れながら、私は言った。
「どうして?」
いつでもお腹がすいている森宮さんは、仕事から帰ってくるなりスーツのままで夕飯を食べる。堅苦しいしスーツが汚れるから着替えればいいのにと言う私を無視して、今日もご飯をかきこんでいる。
「いつもいい人に囲まれてるっていうのも、たいへんなんだよね。次の母親はちょっとぐらい悪い人のほうが何かと便利かなって」
新しくやってきた母親に嫌がらせを受けているなんて相談したら、先生たちは目を輝かせて聞いてくれそうだ。
「いい人に囲まれてるって、相当いいことじゃないか」
「そうなんだけど、保護者が次々変わってるのに、苦労の一つもしょいこんでないっていうのもどうかなって。ほら、若いころの苦労は買ってでもしろって言うし」
「優子ちゃん、殊勝なんだね。でも、十七年も生きてるんだから、苦労の二、三個は手持ちにあるだろう?」
森宮さんは食べる手を休めずに言った。
「そりゃ、あるっていえばあるんだろうけど」
私には父親が三人、母親が二人いる。家族の形態は、十七年間で七回も変わった。これだけ状況が変化していれば、しんどい思いをしたこともある。新しい父親や母親に緊張したり、その家のルールに順応するのに混乱したり、せっかくなじんだ人と別れるのに切なくなったり。けれど、どれも耐えられる範囲のもので、周りが期待するような悲しみや苦しみとはどこか違う気がする。
「でも、私の苦労って地味でたかが知れてるんだよなあ。もう少しドラマチックな不幸が必要っていうか……」
「優子ちゃんは時々妙なこと言うよなあ。だけど、意地悪な人が新しく母親になったところで、そう簡単に不幸になんてなれないんじゃない? そんなことより、この長ねぎとろっとしてておいしいね」
「そりゃどうも」
森宮さんは私が夕飯の支度をしたときには、必ずほめてくれる。
「優子ちゃん、発想は妙だけど、食材を組み合わせるのはうまいよな」
「適当にほうり込んでるだけだよ。一緒に調理するとなんでもおいしくなるから」
魚か肉を焼いたり煮たりするときには、野菜や豆腐、なんでも一緒に入れておけば、一品作るだけでバランスのいい食事に見える。というのは、以前共に暮らしていた梨花さんに教わった。料理は好きだけど、学校から帰って作るのは面倒で、平日はなんでも突っ込んだ煮物や炒め物を作ることが多い。食材が何種類か入っているとはいえ、おかずが一品なのはどうかと思うけれど、森宮さんはいつも満足そうに食べてくれる。
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