2019年本屋大賞受賞『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ 著)の冒頭を公開します。
第1回/第2回
「変なことばかり言ってないで、優子ちゃんも冷めないうちに食べなよ。それに、考えたらさ、意地悪な人と結婚して不幸なのは優子ちゃんより、俺なんじゃない?」
森宮さんはそう笑った。
「そっか。でもさ、私にとったら継母だから、森宮さんには優しくても、私にはひどいことするに決まってる」
「そうかなあ」
「そうだよ。私が邪魔なはずだもん。継母だよ、継母」
たぶん、継母は私だけおかずの品数減らしたり、私の大事なものを隠したりするのだ。そのうえ、馬鹿とののしり、お前さえいなければとなじるのだ。そうなったら、なんて私はかわいそうなのだろう。これは、周りが喜んでくれそうなタイプの不幸だ。
「継母継母って、梨花だって継母だろ」
「へ?」
森宮さんが言うのに、私は首をかしげた。
「血がつながっていない母親は、みんな継母だ」
「あれ、そうなんだ」
どうやら、私はすでに継母と暮らしていたようだ。昔読んだ童話のせいか、意地悪なのが継母だというイメージが強いけど、そうではないらしい。梨花さんはだらしないから物をよく失くしたけど私のものを隠すことはなかったし、面倒だからと大皿料理ばかり作っていたけど私だけおかずを減らすことはしなかった。残念ながら、継母はたいして底意地が悪いわけでもなさそうだ。
「継母の線はあきらめよっかな」
「そうしなよ。病気とか事故とか死とか。本物の不幸は目も当てられないし、不幸な自分に酔ってなんかいられないよ。ただただつらくて苦しい時間が続くだけだ」
森宮さんは煮つけの残った汁をご飯にかけながら言った。森宮さんはいつも驚くほど、きれいに食べる。
「それに、俺、もう結婚する気はないし」
「そうなの?」
それこそ私のことなど気にせずに、結婚するべきだ。森宮さんはまだ三十七歳だし、このまま一人で生きていくなんて寂しすぎる。
「父親なんだから当然。最低でも優子ちゃんが結婚するまでは、優子ちゃんのことを一番に考える義務があるからさ」
「そんなのやめてよ。私が一生結婚しなかったらどうするつもり?」
「それはそれでいいよ。俺、父親って立場、気に入ってるしね。意外にはまってるだろ」
父親の風格や威厳なんてものを一切持ち合わせていない森宮さんは、ほくほくした顔で言った。そう言えば、梨花さんも同じようなことを言っていた。母親になれてラッキーだって。親になるなんて面倒なことだらけの気がするけれど、そうでもないのだろうか。
「まあいいや。あれこれ考えてたら疲れちゃった。そうだ、デザートに昨日買っておいたプリン食べようっと」
同情やいたわりにたまには応えたいだけで、痛い思いやつらい思いをわざわざしたいわけじゃない。少々周りの思惑と違ったって、進んで悲しみに飛び込むこともないか。不幸になることを放棄して、冷蔵庫に向かおうとした私に、
「ごめん、今朝食べちゃった」
と、森宮さんが告げた。
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