主人公は七十代の元女優の正子。映画監督と結婚をし、若くして引退するが、いまでは大きなお屋敷の敷地内で別居生活をしている。そんな正子がひょんなことから芸能界に復帰したことで、騒動を巻き起こす……。などと書くと、ドタバタ芸能界小説のようだが、とんでもない。柚木麻子さんの新作は、そんな読者の想像を軽々と越えていく、痛快エンターテイメントだ。
「年配の方を主人公にしたのは、編集部からの希望でした。子どもが生まれてから、公園などでその年代の方に声をかけてもらえる機会が増えたんです。子どもが教会で泣き出したときも、『子どもの泣き声がしない教会なんてだめよ』と慰めてくださいました。そこで気づいたのは、いまのお年寄りは想像以上に考え方が柔軟だということです」
「おばあちゃん」女優として芸能事務所に入った正子は、大手携帯電話会社のCМの仕事をきっかけに世間から注目を集める。しかし、夫の葬式での「理想のおばあちゃん(=マジカルグランマ)」らしからぬホンネ発言がきっかけで、バッシングを受けることに。収入は途絶え、やむを得ず土地を売るため更地にしようとするが、家の解体費用に一千万円かかることが分かる。
「女性が家を守る話は多いと思いますが、この小説では、女性が家を解体する為に奮闘する様子を読んで欲しいと思っていました」
家に転がり込んできた映画監督志望の若い女性・杏奈の助けを借りて家財道具をネットで販売するも、解体費用には到底届かない。そんな正子が閃いたのが、自宅をお化け屋敷にして入場料を稼ぐことだった。
離れて暮らしていた息子、近所の主婦らと協力して、正子はお化け屋敷のオープンに向けて準備を進めていく。「理想のおばあちゃん」像を脱ぎ捨て、仲間と一緒にお化け屋敷をつくっていく正子のいきいきした仕事ぶりがとても印象的だ。
「出産したあと体力がなくなって、街に出るのも辛かった。そのとき、ふと、私と高齢者の方って地続きなんだと思いました。勝手にお年寄りは遠い存在だと思い込んでいただけだと気づいたんです。その発見のお陰で、正子さんを楽しく書くことができました」
高齢者だけではない。性別、人種、性的指向によって、偏見にさらされ、いわれなき差別を受けている人と、自分は地続きだと気づいたときに、柚木さんの筆は輝きを増したのだろう。
「これからも差別や偏見との戦いを、エンターテイメントという分野で書いていきたいと思っています」
ゆずきあさこ 二〇〇八年オール讀物新人賞を受賞し、『終点のあの子』でデビュー。一五年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞、翌年に同作で高校生直木賞を受賞。
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