今年の最終候補作三編の水準は極めて高く、どの作を選んで受賞としても、問題は感じられなかった。あるいは三作ともを受賞としても、なんら問題はなかった。今回に限っては、日本で経験した数々の賞選考よりも、水準が上であったといえる。
そういう意味において、今年の選考と決定判断はむずかしかったが、この賞は最終候補作すべてが出版されるので、こちらの責任はずいぶんと軽くなった。
候補三作がすべて、台湾以外の各国に翻訳されて紹介される運びになるなら、ジャンルへの刺激と貢献が期待できるし、華文本格の水準の高さをアピールもできる。またそういう事情であるから挑戦者には、本賞獲得を逃しても、落胆には当らないと伝えたい。
もう一点、三作の達成度が伯仲した今年ほど、短時間で簡易的な和訳を為してくれる翻訳ソフトが欲しいと熱望した年はなかった。このテクノロジーの助けがあるなら、今後さらに的確な選考を行える自信はある。今年の判定の苦しさは、詳細なあらすじと、作者本人、そして下選考委員の報告論文から判断する方式の限界を感じたということでもある。出来が接近していなければ、各論文の観察視線と分析が的確であれば、その方がむしろ楽であることは多い。
構成やストーリー、トリックの質や効果、また驚きを誘導する設計意図の巧拙等々が各作接近し、しかもアプローチはおのおのまるで異なっているというような好ましい状況下にあっては、作者の操る文章に直接触れながら、作内部に踏み込み、ひたることで、回答が自然にやって来るのを待ちたい思いが湧く。これが有効であったことは、日本の賞においてたびたび経験した。結論が得られれば、理由の言葉は、汽車が貨車を引くようにして、つるつるとやってくるものだ。
しかしこの賞においては、その方法に頼ることができず、これは文章力や表現の魅力、伏線の有効性、またトリックを操るスキル細部の巧拙についての判定ができないということであるから、結果として、大きな過ちをおかすのではという不安に苦しんだ。けれどもこちらのそのような追い込まれ方は、受賞作が一目瞭然である年、すなわち受賞作と非受賞作との差が大きい回よりも、選者は幸福であるというべきだ。
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