「二十一世紀本格」の名にふさわしい先進的な状況設定の本格ミステリーといえる。死体が存在する現場は、地球から三百数十キロも離れた大気圏中の「熱圏」。しかも時速一万七千百キロで突進中の「地球宇宙ステーション(USS)」内の重力実験装置室。無重力状態の空間に死体が一体浮かんでおり、彼の周囲には赤褐色をした無数の球状の液体も漂う。それらは、損傷した彼の頭部傷口から飛び出した血液であった。
現場は無重量の空間なので、人間は二本の足で移動はできず、殺人を含む動作にも、地球上の物理ルールは通用しない。無重量空間に固有のルールを用いなくては、過激行動もなし得ないはずであるから、無重量を用いて常識の意表をつく殺害方法も、宇宙には存在したのかもしれない──。
ステーションの重力実験装置室の外には、国籍の異なる五人の乗組員がいたが、現場は入室にパスワードや指紋認証を必要とする厳重な密室であり、彼らが現場に出入りした痕跡は、さまざまな状況証拠を鑑みる限りない。どうやら彼は、地球上から何らかの方法で殺害されたらしい。ではその方法は? といった壮大な謎と設問は、未聞のものであり魅力的である。
この事件は、実はうりふたつの二事件から成り立っていた。二〇一〇年一月と、二〇一八年四月、状況は完全に同じで、相違は、実験室外のステーションに詰めていた乗組員の顔ぶれだけで、彼らが現場に出入りしていないと思われる点も同じであった。
不可能犯罪を彩る謎はたちまち現れはじめ、最初の事件の際、ステーションに詰めていた乗組員の一人、ロシア人のイゴール・トヴスキーが、ステーションのキューポラから奇妙な光を見ていた。そして彼は、一九八二年のソ連の有人宇宙船サリュート七号の乗組員が目撃したと証言する「天使の姿をした宇宙の光」と、これが同じものではないかと疑っていた。しかし彼は、帰還する宇宙船の爆発事故で死亡してしまう。
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