この作品が落ち着くべき位置、与えるべき椅子に、最後まで悩まされた。しかしこの作の独特のとんがり方に、猛烈な興味を感じたことは、ここで特に述べておく必要がある。こういう感情は、過去の賞審査においては一度もなかった。しかし、まったく同等の体験は、新人の推薦において一度覚えがある。この事実が、この作への強い興味の理由、少なくともそのひとつになった。おそらくこの作との対面と、その評価に苦しんだ体験は、この先長く忘れない記憶になると思われる。
『黄』は、ここでもう一度述べるまでもなく、優れた作品である。しかしあのアイデアと構造で、あのような達成度を、作者が今後も続けて行けるかどうかは未知数である。あの作の構図の妙は、おそらくはあれ一作のために消費されることになる。
しかし『H.A.』の作者の場合、この独自的で過激なコンセプトを維持することによって、今後も複数の問題作を生み出し続けてくれることが期待できる。そのエネルギーも、この作者には充分に感じる。その意味においても、今回この作を受賞作としないことが、華文本格という有望なフィールドにとって、先で大きなマイナスを生じないかという不安に悩まされた。
この作品の執筆において、作者はきわめてユニークな考え方をもって臨んでいる。そしてこの特殊な発想に、万人の同意は得られないと思われるが、個人的には条件付きで同意が可能であり、この若く、ほとんど乱暴な思い切り方に、大いに興味と好感を抱いた。「二十一世紀型」の字義通り、これがまったく新しい本格ミステリー小説のかたちを提案している可能性があるわけだが、結果としてこの作が、作者の思惑通り、小説として果たして成功しているのか否か、好ましく完成しているか否かを、自分がしっかりと判定できないもどかしさに苦しめられた。
この作の評価のむずかしさは、突き詰めればそれに尽きる。考え方への評価はできる。しかし表現細部への評価ができない。ゆえにとりわけこの作について、日本語表現の完成度は低くてもよいから、華文→日本語の自動翻訳機の登場を、切望する気分になった。
この作は、終始オンラインゲームの内部世界を表現している。そしてゲーム制作に関しては、この作者は専門家の領域にあるようで、その設計の完成度が細部にいたるまで高く、また充分にリアルであるふうである。ヴァーチャル表現の徹底は新しさであるが、オンラインゲームを描写する小説自体は、時代が進んだ今、格別新しくはない。この作の新味は、ひとつにはその専門性にある。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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