「『あとかた』や『男ともだち』などのイメージからか、私は“恋愛小説家”と紹介されることが多くて……。自分のことをそう思ったことがないので、ずっと違和感を感じていました。でもだからこそ、一度ちゃんと恋愛小説を書いてみよう、と思いこの作品が生まれました」
きつい目に大柄な身体、恋愛経験のない、二十歳の大学生・藤子(ふじこ)。父を失い独りで暮らす彼女のもとに、父の友人にして著名な写真家・全(ぜん)さんがある日突然現れた――。
『神様の暇つぶし』は二人の出会いから別れまでのひと夏を描いた物語だ。全さんには常に女性の影がつきまとい、深入りした女性たちは傷つき壊れていく。相手への興味を失うと否応(いやおう)なく突き放し見向きもしなくなる、全さんはそんな男だ。藤子は彼に軽蔑(けいべつ)の念を抱きながらも、時折見せる父親のような懐の深さと優しさ、そして強引さに翻弄(ほんろう)され、ずるずると惹き込まれていく。一方、全さんは若さと生命力に溢(あふ)れた藤子という存在に刺激され、あるときから彼女の一瞬一瞬を写真に収め始める。
「私の中で、恋愛って“不平等なもの”なんです。恋愛に免疫のない二十歳の藤子と、彼女からあらゆるものを奪っていく全さんという設定は、象徴的だと思います。そして恋愛感情というのは、とても曖昧(あいまい)で、線引きすることが難しい。藤子の全さんへの思いの中には、承認欲求や、憧れ、亡き父親への倒錯(とうさく)した感情があります。全さんの場合は、自身の生きることへの執着心(しゅうちゃくしん)が、藤子への興味にがっている。二人の間のどこからどこまでが恋愛感情なのかは、誰にも分からないし、恋愛ってそういうものなのではないでしょうか」
藤子は日を追うごとに全さんにのめりこんでいくが、終わりは突然やってくる。最後に藤子の元に残ったのは、自分の姿を写した一冊の写真集。なぜ、全さんはいなくなってしまったのか、残酷な現実が藤子の前に立ちはだかる。しばらくは途方もない虚無感(きょむかん)に襲われるが、それでも日々は過ぎていき、彼女の人生は続いていく。
「私自身が四十代を迎え、二十代の頃の自分が遠くなり、フラットな目で若さを見られるようになりました。藤子のように無防備な恋が出来る時期って、人生でほんのわずかですよね。書いてみて改めて、若いって本当に強いことなんだ、と分かりました。若い子は、どんなに壊されたとしても、絶対に再生する力を持っています。そう信じています。だって最終的には生き残った奴が強いんですから。たくさんの人に届いて欲しい作品です」
ちはやあかね 一九七九年北海道生まれ。二〇〇八年『魚神(いおがみ)』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。翌年、同作にて泉鏡花文学賞、一三年には『あとかた』で島清恋愛文学賞を受賞。
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