限定された物語が好きです。
限定されるのは、主に空間と時間です。空間的な限定ならば舞台が閉鎖された場所になりますし、時間的な限定ならば序章から終章までが数時間、長くてせいぜい半日です。時間や空間以外にも、登場人物が極端に絞り込まれているという限定も存在します。そういった、大河小説的でない話に惹かれる傾向が、私にはあるようです。
それはお前がミステリ作家だからだろう、とおっしゃる方もいると思います。確かにミステリ、特に本格ミステリと呼ばれる分野は、やたらと物事が限定されます。「嵐の山荘」などという、人の出入りができない空間が一ジャンルになるくらいですから。ミステリ作家が限定好きだという意見には、うなずけるものがあります。
ミステリ好きだから限定ものが好きになったのか、それとも限定ものが好きだからミステリ作家になったのか。まるで鶏と卵のような設問ですが、私の場合、たぶん後者です。なぜならミステリ好きになる前から、他ジャンルの限定ものを愛好していたからです。
他ジャンルで限定ものといえば、トム・ゴドウィンの『冷たい方程式』が真っ先に思い浮かびます。SF界最高の短篇小説とも称されるこの物語は、その構成要素すべてが限定されています。舞台は、惑星に着陸しようとする宇宙艇の内部。作中の時間は、宇宙艇が母船から惑星へ向かう間だけ。登場人物は、宇宙艇のパイロットと密航者の二人だけ。そこで交わされる濃密なやりとりと、乾いた悲しみを伴った結末。初読時に受けた衝撃は、今でも忘れられません。
限定SFの長篇版なら、アーサー・C・クラークの『宇宙のランデヴー』です。巨大な人工天体がはるか遠くからやってきて、高速で太陽系を通り抜けようとしている。地球人は異星文明とのファーストコンタクトを試みるため、人工天体が近くを通るほんのわずかな時間だけ、内部に侵入して調査する。けれどわかったことはほとんどなく、人工天体はそのまま飛び去っていく――ただそれだけの話です。ただそれだけなのに、こんなにわくわくさせられる物語もありません。小説としては欠点だらけといわれますが、いつかこんな話を書いてみたい、そう思わせる傑作です(ちなみにこの作品には続篇がありますが、本稿では一作目だけについて語っています)。
ミステリやSF以外にも、限定ものの名作はあります。たとえばサン=テグジュペリの『夜間飛行』。夜間に飛行機を飛ばすのが危険だった時代に、航空郵便事業を立ち上げた人たちの、たった一夜の物語。仲間の飛行機が颶風に巻き込まれるという出来事を通して、人間の勇気が描かれています。ラスト間近に登場人物の一人が言った「あのわからずやのリヴィエールめが……僕がこわがると思っているんだよ!」(堀口大學訳・新潮文庫版)という科白にはしびれました。
これらの傑作群に酔いしれながらも、私はふと考えてしまいます。もし自分がこれらの物語に参加していたら、自分は彼らのような態度でいられるだろうか、彼らのように行動できるだろうか、と。
『冷たい方程式』のパイロット。『宇宙のランデヴー』の探検スタッフたち。『夜間飛行』の航空郵便会社社員たち。なぜ彼らはあれほど高潔に、人間として誇りを持った行動が取れたのでしょうか。彼らも人間です。様々な弱さを抱え、逃げ出したくなることもあるでしょうに。
思うに、それは彼らが「限定された状況」に置かれたからではないでしょうか。人間というものは、自由を与えられすぎると、かえって動けなくなったり、つまらない行動を取ってしまうものです。小人閑居して不善を為す、というやつですね。一方、限定された状況は、人間を追いつめます。彼らは事態を打開するために、努力せざるを得ません。限定されているが故に行動の選択肢は狭まり、最も無駄のない行動を取るようになります。また雑念を持ったまま事に当たる余裕がなくなり、精神がどんどんピュアになっていきます。こうして登場人物は、最も効率的な問題解決のための有為な人材となっていきます。ただ蛇口から流しただけだと水は下にこぼれていくだけですが、ホースの口をしぼると、水は遠くへ飛ぶことができます。つまりは、そういうことです。
限定とは、登場人物の持っている資質のいちばんおいしいところをすくい取って物語に活かす、最上の装置なのです。だったら、自作にも使わない手はありません。というわけで、どこかに新しい限定条件がないかを考えながら、日々を過ごしています。(初出 オール讀物2008年6月号)
いしもちあさみ 一九六六年、愛媛県生まれ。九州大学理学部卒。二〇〇二年、『アイルランドの薔 』で単行本デビュー。二〇〇八年三月刊の『君の望む死に方』は発売と同時にドラマ化され、話題を集めた。著書に『ブック・ジャングル』『不老虫』『殺し屋、やってます。』ほか。最新刊はシリーズ2作目となる『殺し屋、続けてます。』
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