大阪京橋のキャバレーを舞台に、昭和から平成の激動を生き抜いたふたりの女性の家族を超えた絆を描いた『グランドシャトー』。その刊行を記念して、作家デビュー20周年を迎えた高殿円さんにインタビューを行いました。高殿さんが「いま書かなくてはいけない物語」という作品に込められたもの、そしていまキャバレーを書いた理由とは。
「最高にいい感じの大阪を書きました」
――『グランドシャトー』は大阪京橋のキャバレーを舞台としていますが、そもそもなぜキャバレーを書こうと思われたのでしょうか。
高殿 ライザ・ミネリ主演の『キャバレー』(ボブ・フォッシー監督/1972年)が数ある古い名作洋画の中でもダントツで好きだったこともあり、ずっとキャバレーものが書きたいと思っていました。『政略結婚』という本では、新宿にあった大衆劇場のムーラン・ルージュをモデルに書いたのですが、それがすごく楽しくて。これは風俗ものとしてきちんと一本、別の物語を作らなくてはと意識していたころ、ちょうど産経新聞さんで小説を書く機会をいただきました。実際にまだ営業しているキャバレーにも取材させていただけて、準備がととのってきたと感じていました。
――キャバレーの店内や下町の様子など、昭和中ごろの大阪がいきいきと実感をもって書かれていますね。
高殿 『グランドシャトー』では人の縁も地縁も、本当にいろいろな縁に恵まれました。キャバレーの取材では60代のホステスの方に話をうかがったり、ルーと真珠の住む中崎町への取材は急に行こうときめたことだったのに、当時からお住まいの方に「ここはお地蔵さんのおかげで空襲に合わなかったんだよ」みたいな話をたくさんいただけて。そういった出会いが不思議なくらい重なって、「いま書かなくてはいけない物語なんだ」という手ごたえに変わりましたね。
――『グランドシャトー』は産経新聞の大阪版から連載がはじまりました。「大阪」をどのように書こうと思いましたか。
高殿 個人的な雑感ですが、大阪の人たちって都市の規模は東京にかなわない意識はきちんともっているんですけど、それとは別の次元で大阪という街が一番なんです。そういうつねにナンバーツーというコンプレックスと郷土への自信を持った大阪を擬人化したらこういう男だろうな、という感じで書きました。あと『コナン』とかジャンプの漫画でも、大阪人っておもしろおかしいキャラ、良い感じの敵役やライバル役として出てくるじゃないですか。絶対にダークホース的なキャラでは出てこない。そこに東京ファーストを感じるので、『グランドシャトー』では大阪disは一切せずに、最高にいい感じの大阪を最高に繰り返しましたね。満足です!
――ルーたちが働く「グランドシャトー」は京橋にあります。
高殿 大阪でキャバレーの話を書こうと思ったら千日前か京橋だなあと思っていて。そこで京橋にしたのは、もちろんグランシャトー(京橋にあるレジャービル。西洋の城のような奇抜な外観とユニークなCMで関西では有名)があるからなんですけど、もうひとつの理由は1945年8月14日、終戦の前日に1トン爆弾が落ちて一度灰の街になったことが大きいですね。前日なんて日本はもう降伏していたはずなのに、なぜ……。そこからコンクリートを敷き詰めて、闇市がたって、あっという間に歓楽街になった。都心なのに長い間爆弾が埋まっているということで再開発もされずそのまま手つかずだった元陸軍の施設がすぐそば。大阪のなかでも一番古き良き、そして何でもありな五目めしみたいな感じが残っています。でも、そういった京橋の良さもいつかはなくなる日が来るんじゃないかと思って。それなら、私が覚えているうちに書き残そう、キャバレーがまだなくなっていないうちに書く意味があるんじゃないかと思いました。
――ルーたちが暮らす中崎町はどういった場所ですか。
高殿 大都会の梅田のすぐ近くにあるのに、昔ながらの街並みが残っている街です。最近は若者が集まって、もともとあった家をリノベーションしてカフェにしたりして注目スポットになっています。中崎町からはすごく都会の優しさを感じました。よく言われる都会の冷たさじゃなくて優しさです。街だからこそ、人が流れていくことに慣れているというか、どんな人が来てもいったんは受け入れるという優しさと古い文化が同居しているんです。