夢見た立身が叶わなかった武士たち
「僕自身は本意ではなかったり、後悔を残した人生というのは肯定的にとらえています。命の危機にさらされた時でも、まだやり残したことや何か執着があった方がそこは気合が入るでしょう。思いどおりにいかなかった人間の一生の方が、実は意外におもしろいんですよ」
本書『本意に非ず』は、明智光秀、松永久秀、伊達政宗、長谷川平蔵、勝海舟を主人公にした短編集。五人の武士たちはいずれも後世に名を残す有名人だが、決して夢見た立身を叶えたわけではない。とりわけ後に主君殺しの汚名を負った光秀は、その代償として手に入れたものが「三日天下」だったと揶揄される。
「ただ、信長に認められて京を囲む丹波、近江まで任された、優秀な武将の光秀が、あの時点で裏切る理由がどうしても見つからないんです。本能寺の変の首謀者とされているのは、直前に光秀が愛宕山で行った連歌の会での『ときは今、あめがしたしるさつきかな』という発句が、信長討伐を祈願したものだとされてきたから。しかしあんなに大勢の目の前で主君を討って天下を獲る決意を述べるはずがない。ただし実際に六月二日未明に本能寺を急襲した事実はあるわけで、その首謀者は本当に光秀だったかは大いに疑問が湧いてきます」
著者の上田氏が注目したのは明智配下の者たちの出自だ。秀吉の配下が尾張出身であったのに対して、光秀配下の者たちの出自は……。
書き下ろし文庫の大人気シリーズを次々と上梓し、根強いファンを持つ著者だが、「歴史小説は史実の決められた枠組みで書かなければいけないし、ある程度イメージが固まっている人物の描き方は非常に難しい」という。
「歴史小説を書いていて、読者の方に『こんなアホな話があるはずない』と思われたら作家の力不足。『いかにもこんなことがあっただろう』と思っていただけたら勝ちですね(笑)」
本書では、鬼平=長谷川平蔵、独眼竜=政宗という一般のイメージから離れ、独特の悲哀を纏い、より人間臭さを感じさせてくれる。
「来年はNHK大河ドラマが明智光秀を主人公にした『麒麟がくる』ということで期待していますが、そもそも光秀は三十歳になるまではほとんど史料に登場しません。大河がどの場面からスタートするのか非常に興味がありますね。今回は短編でしたが、いつかまた新たな視点で光秀の長編を書いてみたい。愛宕百韻の謎を見事に解くことができたら、新しい本能寺を書けると思っています」
うえだひでと 一九五九年大阪府生まれ。大阪歯科大卒。九七年「小説CLUB新人賞」佳作に入選しデビュー。二〇一〇年『孤闘 立花宗茂』で中山義秀文学賞受賞。著書多数。