特集

精神病苑エッキス

文: 吉村萬壱

文學界2月号

「文學界 2月号」(文藝春秋 編)

 コーポラス「茜」に、新聞配達のバイクはきっかり午前三時四十五分に来る。

 ライオンが喉を鳴らすような軽いエンジン音、神経に障るブレーキ音、そして集合ポストに新聞が差し込まれる音を高岡ミユは寝床の中で聞いた。午前一時に布団に入ったにも拘らず、殆ど眠れないまま三時間近くを無駄に過ごした事になる。彼女は掛け布団を引っぺがしてパジャマを脱いで裸になった。そして左手で陰部の皮を引っ張り上げ、露出させた陰核に右手の中指の腹を宛がって、この晩三度目の手淫を始めた。仄暗い天井の板目を眺めながら、先の二回は声を押し殺していたものが眠れない腹立たしさに半ば自棄になり、叫び声のような嬌声を上げてしまう。壁や床越しに隣や下の部屋に自分の声が筒抜けになっているかも知れないと思うと却って下腹がカッと熱くなり、更に大きな声を出しながら解放感に満ちたオナニーに精を出した。自分の声に鼓舞されて陰核を揉みくちゃにし、体をブリッジさせて弓なりになり、中指を膣へと滑らせるとヌルッとして尻の方まで濡れているのが分かる。垂れた液を尻穴に塗りたくり、中指を尻の穴と膣とに交互に入れて捏ね回している内に体はすっかり太鼓橋のように海老反って、そのままビクビクと痙攣して逝き果てた後、彼女は太腿の筋肉に力を入れて体幹を支えながら敷布団の上にゆっくりと背中をランディングさせた。枕元の箱からティッシュペーパーを引き抜いて股間を拭い、匂いを嗅いでからゴミ箱に捨て、パジャマを着て羽毛布団を引き被る。目を閉じると、ずっと消えずに頭の芯に残っていた光は随分と暗く小さくなっていて、これで少しは眠れるかも知れないと思う間もなく眠りに落ちた。

文學界 2月号

2020年2月号 / 1月7日発売
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