睡眠はほんの束の間に思われたが、目覚ましを叩き消して時計を見ると三時間は寝た計算になった。パジャマに手を入れて軽く陰部に触れると、瘡蓋のような物がへばり付いている。慎重に引き剥がすと、案の定乾いたティッシュペーパーだった。職場の男性社員達が「セックスの時、女のあそこにティッシュの欠片が付いてるのを見てしまったとしたらどうよ?」という話をしていたのを聞いて以来、高岡ミユにとって陰部に付着したティッシュペーパーはちょっとした強迫観念になっている。「百パーセント中折れする」派の方が「舐め取って食べてしまう」派より多数派で、従って彼女は会社のトイレの破れ易い安物のティッシュペーパーで拭いた後は、特に入念に手鏡で股間を確認するようになった。
夢想的な傾向のある高岡ミユは、会社に強盗が押し入って社員達に銃を突き付け、社員同士でセックスするよう強要したりする場面を度々想像していた。もしも若い佐々木君と共に自分が指名されたとしたら、と彼女は真剣に考えた。他の社員の環視の中、互いに全裸になってセックスを始めた時、二人を見ている男性社員達の中から「わ、高岡のあそこにティッシュ片発見」「佐々木やべえ。勃ってねえじゃねえか」「高岡のティッシュのせいで俺達殺されるのかよ」といった声が聞こえてきたとすれば死んでも死に切れない。だから、出来ればシャワーを浴びながら小便をして、股間を綺麗に洗い流してからタオルで拭いてさっぱりしたいと彼女は思った。しかし本来は六時半に起きなくてはならない筈が、スヌーズ機能の目覚ましでやっと目覚めたのが七時。そして早くも七時五分になろうとしているこの状況で悠長にシャワーなど浴びている暇など果たしてあるだろうかと彼女は頭を抱えた。七時四十分にはここを出なければならないのである。
ここは思案の為所だった。
シャワーを浴び終えて目を覚ました時、高岡ミユは目覚まし時計の針が八時二十五分を指しているのを見て飛び起きた。蟹股の姿勢でシャワーを浴びながら念入りに股間を洗っていた自分は、夢の中の自分だったのである。始業は九時で、八時二十五分という時間は今すぐタクシーを飛ばせば間に合うか間に合わないかのギリギリの時間だったが、それは股間も洗わず、化粧もせず、朝食も摂らずにという条件付きだった。
この続きは、「文學界」2月号に全文掲載されています。
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