「数年前、妻との旅行で訪れた白老町のアイヌ民族博物館でブロニスワフ・ピウスツキの胸像を見ました。ポーランド人の彼は政治犯としてサハリン島に流刑になり、そこでアイヌをはじめとする先住民の研究を行った人類学者です。興味を持って調べてみると、白瀬矗率いる南極探検隊に参加した山辺安之助というアイヌと親交があったのを知りました。この二人を主人公にして壮大な世界が書けるんじゃないか? 何よりその話を自分が読みたいと思ったのが執筆のきっかけでした」
昨年、豊臣時代の朝鮮出兵を舞台にした『天地に燦たり』で松本清張賞を受賞した川越宗一さん。書き下ろし二作目は、明治維新後から太平洋戦争終戦にいたるまでの樺太(サハリン)に生きる人々を描いた堂々たる長編だ。幼少時に樺太から北海道に移住したヤヨマネクフ(後の山辺安之助)、ロシア皇帝暗殺を謀った罪で流刑となったブロニスワフ、そして流行病で家族を失い、五弦琴を好むイペカラの三人を主な視点人物として物語は進んでいく。
「デビュー作品の戦国時代と本作品はまったくかけ離れているので、以前に勉強したことはまったく活かされていないんです(笑)。ポーランドの資料がほとんどなくて苦労しましたけれど、何より難しかったのは時代が近かったこと。四百年前のご先祖ならともかく、より自分と近しい、たとえばお祖父さんの話だとしたら『こんな書かれ方をしたら嫌だ』と思う読者もいるでしょう。小説なので想像力豊かに書かなければと思う一方、実際に生きた人物を題材にしているので、書く以上は時代背景などの根拠をきちんと探さなければいけないとずいぶん悩みましたね」
調べながら書いては消し、消しては書いてという作業に膨大な時間がかかったという。その困難は執筆中に考え続けた〈人の世界〉とは何なのか、というテーマの壮大さゆえでもあった。故郷を奪われ、生き方を変えることを余儀なくされる登場人物たちは、いったいどこへ進むべきなのか。
「お互い相容れない点があっても、個人同士ならある程度は仲良くなれる。それを基盤にすれば集団同士でもうまくやっていくことができる……実は人類は昔からそのための回路をいっぱい作ってきたんじゃないかと思うんです。願望もこめてそれを伝えることが、歴史小説を書く自分のモチベーションのひとつにもなっています」
弱肉強食で世界中に戦火が吹き荒れた時代、「やりとげるべきこと」を持ち、理不尽に立ち向かって生き抜いた人々の信念。その圧倒的な熱量は、万人の心へ響くに違いない。
かわごえそういち 一九七八年大阪府生まれ、京都府在住。龍谷大学文学部史学科中退。二〇一八年『天地に燦たり』で第二十五回松本清張賞を受賞、短篇「海神の子」を発表。
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