2020年2月20日、第162回芥川龍之介賞・直木三十五賞の贈呈式が、東京帝国ホテルにて行われました「熱源」(文藝春秋)で直木賞を受賞された川越宗一さんの〈受賞のことば〉を紹介します。
受賞のことば
直木賞の受賞が決まると、インタビューや取材をたくさん受ける。ぼくは会話こそ不得手であるが、チヤホヤされることは嫌いでもないので、うまくお答えできるように四苦八苦しながら何とかこなしている。
ただ、作品についていろいろと、あるいは同じことを何度も話しているうちに、みょうな気分になってくる。
受賞作を書いたのは、ぼくだ。ただし書いたのは書いた時のぼくで、今のぼくではない。自己同一性を失うほど疲れてはいないが、偽らざる実感でもある。同じ作品をもう一度替ける自信は全くない。
だからこれまでインタビューに答えていた、そして贈賞式で不慣れながら受賞者らしく振舞うであろう中年男性は、受賞作を書いた人間の代理人に過ぎない。ただし代理の仕事もそこそこに、受賞者を越えてやろうと野心を燃やす者である。
そんな代理人より受賞者本人の言葉を申し上げます。
このたびは拙著『熱源』に栄えある賞をいただき、ほんとうにありがとうございました。本作の材に取った時代を生きた全ての人々に感謝し、またぼくを支えてくれた皆様、刊行や流通に携わってくれたかたがたにも、この場を借りてお礼申し上げます。
そして代理人のぼくはこれから本人になりかわって、よりおもしろい作品を書けるよう、きっと精進してまいります。
プロフィール
川越宗一(かわごえ・そういち)
1978年鹿児島県生まれ、大阪府出身。京都市在住。龍谷大学文学部史学科中退。2018年『天地に燦たり』(文藝春秋)で第25回松本清張賞を受賞しデビュー。短篇「海神の子」(「オール讀物」12月号掲載)が日本文藝家協会の選ぶ『時代小説 ザ・ベスト2019』(集英社文庫)に収録。19年8月刊行の『熱源』(文藝春秋)で第10回山田風太郎賞候補、第9回本屋が選ぶ時代小説大賞受賞、第162回直木賞受賞。