――『熱帯』は、前半は読むことをめぐる話で、後半は、謎の本の中味が出てきて、書くことをめぐる話になっていきますね。
森見 「後半は訳がわかんない」と言う方もいて(笑)。中断していた時期には小説の書き方が分からなくなっていたんですが、その時に悩んでいたことを全部入れたから、ああいう不思議な小説になっちゃったんです。
深緑 私は後半が大好きです。前半ももちろん大好きですけれど。話がずれるかもしれないですけど、私は子どもの頃ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』がすごく好きでしたが、主人公のバスチアンが「幼ごころの君」に名前を与えた瞬間、がっかりしたんです。『熱帯』もそういう、名前を与える本かと思ったら……、すみません、例えの意味がよく分からないですよね(笑)。
作家には、何かを言葉にして表す、いってみれば知らないものに名前をつけるという作業が結構あります。でも、どうしても名前がつけられなくて、名前をつける直前で終わる、みたいなものが私は好きで、『熱帯』はそういう本だったんです。正体が明かされて大団円で終わっていたら「は?」となっていたかもしれないけれど、永遠に終わらない千夜一夜物語になっていて、でもちゃんと終わらせてくれて、入口と出口では違う自分になっていると感じさせてくれて。すごいなと思いました。
森見 ありがとうございます。小説家が小説とはなんぞや、というのをテーマにしてお話を書くのは、血で血を洗うような、変なことじゃないですか。でもやってみたくなるんですよね。非常に危険なことなのに。
深緑 危険ですね。でも危険なものを書けるのは、小説家の憧れですよ。
森見 僕はもうやるつもりないですけど(笑)。
深緑 私は“物語の力”みたいな言い方は好きじゃないんですけれど、本を読みたい、読み終わりたいんだけれどずっと読んでいたい、みたいな願望って小説家が書く動機の中にもある。森見さんの『熱帯』はその完成形だと思うので、自分もできたらやってみたいというか。
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