私からは、質問というかお願いがあります。以前イベントでお会いした時に、共通の担当編集者さんもまじえてご飯を食べ、その後、みんなでもう一杯飲もうと私の泊まっていたホテルのカフェに行きましたよね。その時、森見さんが『熱帯』にまつわる夢を見た話をしてくださって、それがあまりにも“森見登美彦”だったので、それをぜひここでみなさんにもお話ししていただけないでしょうか。
森見 ああ、千里阪急ホテルの喫茶室でのことですね。ちょっと不思議な趣のあるホテルの喫茶室で、しかもお客さんが少ない時間で、片隅に我々だけがいて。ずっとそこで夢の話をしていたら、ここが『熱帯』なんじゃないのか、まだお話の中にいるんじゃないか、みたいな感じがしたのを覚えています。
いまここでもう一度その話をして、みなさんに楽しんでもらえるか不安ですけど……、『熱帯』を出版した直後に、夢を見たんですよね。夢の中でも僕は『熱帯』がどういう小説なのかずっと調べていて、とある街を訪ねるんです。西洋風の石畳や広場があるような街で、僕は夜にその街にたどり着いたんですけれども、どうも変な奴が街に迷いこんだらしく、そいつが広場で暴れていた。人間の姿で街に来たけれども、実はそいつの正体は白い象で、鼻の先から蒸気を噴き出しながら暴れている。警察官たちが取り囲んで一生懸命その象を捕まえようとしているんだけど、僕はその側を通り抜けて、街の一角にある大きな屋敷を訪ねる。その屋敷に住んでいる男が『熱帯』について何か知ってるはずだと僕は確信しているんです。で、薄暗い書斎に招き入れられると、その赤いネルシャツを着た男がね、『熱帯』の単行本を僕に見せて、「ここに手がかりがある」って言うわけです。彼がページに爪で線を引っ張っていて、僕はそれを一生懸命読もうとするんだけれど、書斎の中がひどく暗くて全然見えない。iPhoneのライトを点けて、どこに線を引いているんやろうと目を凝らしていると……その男が「あるいは彼はピストルなしでも死ねる」と言う。それを聞いてなぜか僕は「これで『熱帯』の正体が分かった」と思うんです。だけど、男はそう言ったとたんにバタンと倒れて死んでしまった……この話をしたら深緑さんがすごく喜んでくれて(笑)。
深緑 だって、『熱帯』でピストルで死ぬのって、佐山尚一ですからね。
森見 確かに、なんとなく『熱帯』の正体に関係してそうな夢ではありましたね。
深緑 目の前にいるこの人はやっぱり森見登美彦そのものなんだって、震えました。
※本対談は、2020年2月に山形市遊学館で行われたトークショーを再構成したものです。
(主催/山形小説家・ライター講座、後援/ピクシブ株式会社・山形県教育委員会)
もりみ・とみひこ 一九七九年、奈良県生まれ。京都大学農学部卒、同大学院農学研究科修士課程修了。二〇〇三年、『太陽の塔』で第一五回日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビュー。〇七年『夜は短し歩けよ乙女』で第二〇回山本周五郎賞受賞。一〇年『ペンギン・ハイウェイ』で第三一回日本SF大賞受賞。一六年『夜行』で第一五六回直木賞候補。一八年秋、『熱帯』刊行。第一六〇回直木賞候補に。のち第六回高校生直木賞受賞。他の著作に『有頂天家族』『聖なる怠け者の冒険』『四畳半神話大系』『恋文の技術』など。
ふかみどり・のわき 一九八三年、神奈川県生まれ。二〇一〇年に「オーブランの少女」が第七回ミステリーズ!新人賞佳作に入選。一三年、同作を表題作とする短篇集で単行本デビュー。一五年、『戦場のコックたち』刊行。第一五四回直木賞および二〇一六年本屋大賞、第一八回大藪春彦賞、第六九回日本推理作家協会賞候補。一七年、第六六回神奈川文化賞未来賞受賞。一八年、『ベルリンは晴れているか』で第一六〇回直木賞および第二一回大藪春彦賞候補、二〇一九年本屋大賞第三位。
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