タヌキのヨブの姿はいたたまれないほど、かわいそうだったが、おっとりと歩く顔をかがんで覗き込むと、そんな体でいながら、小さな目はきょとんとして、おだやかだった。
『ポロポロ』に収録された「魚撃ち」に、兵隊に行った田中小実昌さんが、天井板のないバラック小屋の伝染病棟に「だれが残していったのか」吉田絃二郎の随筆集二冊が置いてあって、くりかえしくりかえし読んだとあったので、気になってネットでしらべたら、吉田絃二郎は「キリスト教信仰に支えられた詠嘆的、情緒的作品を書く」(「日本国語大辞典」)とあった。『小鳥の來る日』は当時のベストセラーと書いてあったので、取り寄せたのだ。小実昌さんは、山口の聯隊に入営するとき、小型の新約聖書と岩波文庫の万葉集をもっていき、「行軍の第一日目に小銃弾をすててしまったぐらいで、そんな本は、とっくになくなっていた」(「魚撃ち」)と書いている。敗戦後、復員できないまま中国奥地のバラック病棟で寝ているところに、クリスチャンの随筆集が置いてあったというのは、不自然な気がするが、西南学院中学部の頃、その美文調をバカにしていたという随筆集を、小実昌さんは『ポロポロ』の連作を書いていたとき、読み返していたのだろうか。
「人生が苦痛であらうと、人生が涙に充たされてゐようと、すべてそれは神によつて私たちに與へられたものである」(『小鳥の來る日』)
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